16歳で寝たきりに。失われた「普通」の青春
発症からわずか3か月。激痛に襲われた16歳の少女は、自力で立つことも、ベッドに腰を掛けることもできなくなった。
「つらかった記憶が、実はあまりないんです。もう忘れてしまった。でも、私の姿を見ていた両親のほうが、本当につらかったんじゃないかなと思います」
その「つらさ」は、想像を絶するものだった。変わり果てた娘の姿を前に、自責の念に押しつぶされそうになっていた母。ある時、絶望の淵に立たされた母は、「この子と人生を諦めてしまおう」と、心中を考えたことさえあったという。
いま病に苦しんでいる娘への申し訳なさ、そして、将来に光などないのではないかという恐怖。16歳の少女を襲った病魔は、本人だけでなく、家族の生きる希望さえも奪い去ろうとしていた。

バレー部時代(高校)の松田さん当時の写真には、バレーボール部のユニフォームを着て笑う元気な姿と、そのわずか数ヶ月後に車椅子に乗る姿が対照的に残っている。

何度も繰り返される手術。リハビリ。少しずつ変形していく関節。気づけば体重は20キロも減少。手足の毛は濃くなり、髪の毛はたくさん抜けた。手は痛くて力が入らず、ミミズが這うような字しか書けない。
「もう、あの日みたいにコートを走り回ることはできない」
その事実は、若すぎる彼女の心を深く閉ざした。
「バリバリにバレーをしていた頃の自分を知っている人には、今の姿を見られたくない」
かつての仲間から連絡が来ても、会うことを拒んだ。自分の中に残る“エースアタッカーの松田友紀”と“不自由になった今の姿”とのギャップ。それを突きつけられるのが、何よりもつらかった。








