突然約300人からなる衛生部隊が北海道から来て駐屯
1945年、戦局を優位に進めたアメリカ軍は、いよいよ、日本の本土決戦の準備を進めます。
その一つが宮崎県沿岸部などから上陸する「オリンピック作戦」でした。
この情報を入手していた日本軍は、上陸に備え、様々な対抗策に着手。宮崎市田野町では、「野戦病院」が作られることになりました。
(田野町史の記述より)
「昭和19年7月7日、サイパン島の守備隊が玉砕し、米軍の本土空襲が激しくなったころ、田野に突然約300人からなる衛生部隊が北海道から来て駐屯することになった」


取材班は、郷土戦史研究家の稲田哲也さんとともに、病院を建設していたとされる場所に向かいました。











