当時4歳の被爆者「学校での“平和学習”だんだん減ってきて…」
「こんにちは、きょうはよろしくお願いします」
金沢市に住む西本多美子さん85歳は被団協で長年、活動を続けてきました。81年前の8月6日、当時4歳だった西本さんは広島市内の自宅で被爆。
語り部 西本多美子さん(85)
「(外から)男の子が『B29じゃー!』って、広島弁でね」
「そのときピカーッ!とね…もう光しか見えなかった。真っ白の世界」

母親とともに家から飛び出した多美子さん。当時、小学3年生だった姉の姿が今も目に焼き付いています。
「姉が泣いて帰ってきたんですよ。背中見たらね、血で真っ赤になって」「上からいろいろ物が落ちてきた。その破片がね後ろ首にグサッと刺さったんです」15秒
被爆体験を語る「語り部」活動を50年近く続けてきました。西本さんもまた、語り部を招いての「平和学習」の場をつくる学校が減ってきていると話します。
語り部 西本多美子さん(85)
「以前は夏場になると中学からも話に来てくれと人数が足りない、語れる人が少なくて…最近は学校関係がびたっと止まりましたね」
核兵器をめぐる議論は、次世代への継承だけにとどまりません。国是とされてきた非核三原則も今、大きな岐路に立たされています。
8月6日、広島市での式典で挨拶した高市総理。
「我が国は、『非核三原則』を堅持しており、「唯一の戦争被爆国」として、「核兵器のない世界」の実現に向けた努力をたゆまず続けていく使命を担っています」
一方、政府・与党の一部からは、非核三原則の「持ち込ませず」の見直しを求める声もあります。年末までの安保関連3文書の改定にあわせ、「非核三原則」の表現を見直す可能性を問われた総理は、「書きぶりについて、今予断することは差し控える」と述べ、明言を避けました。終戦の日、「反省」という言葉を使わなかった高市総理の式辞に西本さんは憤りを隠しません。
「(総理は)反省もしません、することないじゃないですか、だって私その当事者でもない。だから謝罪もしませんと、こうでしょ?もう本当に怒ってます。被爆国として、取らなきゃいけない態度ってありますよ」











