友人が恐れる「親父の抜き打ち視察」
角中選手は高校時代、輪島市にある日本航空第二高校(当時)に進学し、寮生活を送っていました。
父・稔さん「たまに夜、自主練をやっとるかやっとらんか、抜き打ちでだまって行った。友達がかばっていた。「さっきまでいたんですけど」とか言って。「んなわけはねぇやろ」と。慌てて(角中選手が)飛んでくる。顔見りゃさぼっとったかはわかるわいね。(角中選手が)「さっきまで俺振っとったんやけど、今さっきあがったとこや」うそついても顔見りゃわかる。こいつ、この野郎とね」

“リアル星一徹”のような父の指導を経て、一流選手として大成した角中選手。

プロ野球選手になってからも、角中選手は帰省をしたときはお手製のバッティング練習場で練習をしていました。首位打者の原点は七尾市の実家でした。

バットマンとしては「完全燃焼」で現役生活にピリオドを打ちます。











