能登の主要産業の一つでもある輪島塗は、今回の地震で相当なダメージを受けています。業界の存続も危ぶまれる中、地震で左肩を骨折した人間国宝の男性は、今はまだ前を向ききれない、複雑な心境を口にします。

山岸一男さん
「いや驚いた。玄関出た時にこういう状態でしょ。電柱は倒れてるし。いや、本当に…地獄のようなもんですね、本当に」

石川県輪島市の漆芸家・山岸一男さん・69歳。
輪島市河井町の自宅兼工房で被災し、左肩を骨折しました。

山岸一男さん
「思いっきり揺れた時に座布団と一緒に、まるでスケートボードみたいに滑っていった。思いっきり机の角に打ち付けて。仕事やるとき都合悪いけど利き腕じゃないから良かったけどね」

現在は金沢市内のアパートに2次避難している山岸さん。時々輪島に戻っては、倒壊した自宅から作品や道具を取り出し整理しています。

山岸一男さん
「何とかしたいなと思うんだけどね、気力がね、ほんとに出るかどうかですね。気力…ないね。金沢いま2次避難で、春になれば桜が咲くから。今年は金沢の桜を見ることにしますよ」

輪島塗の装飾技法「沈金」の分野で6年前、国の重要無形文化財=人間国宝に認定された山岸さん。金粉のほか色がついた漆などを埋め込む「沈金象嵌(ちんきんぞうがん)」の技法で高い評価を得てきました。この道50年、モチーフにしてきたのはふるさと・輪島の四季折々の表情です。

山岸一男さん
「千枚田なんてのも好きでよく行きましたね。田んぼの水を張った後、田植えをした後、青々としてきたころ。稲の穂が出始めた頃、田の畔の豆の花が咲くころ。季節に合わせてよく見に行ってたしそれが僕の作品のもとかもしれないね。観光資源がことごとく壊滅的になったから、何から手を付けたらいいか分からないというのが本音」

目の前に広がるのはふるさとの変わり果てた姿。業界をけん引する立場を意識しながらも、今はまだ前を向ききれない、複雑な思いを口にします。

山岸一男さん
「さあやろう!とかって若い時ならね。やってるけどね。マスコミの人はみんなその答えを待ってるような言い方をするけど、ここまでの現状を見ると絶対に戻ってやるぞという気にはなかなかなれないよね。ただ自分は漆に憧れて好きでここまでやってこれたってことを思うと、これから漆を目指して頑張ろうという若い人が出た時に何もしてあげることができないというのはこれはちょっとね、いかがなものかなと思うもんで」

輪島市によりますと、輪島塗の従事者は市内でおよそ1000人いるとされていますが、その8割は工房が倒壊するなど何らかの被害を受けたといいます。職人の高齢化やさらなる担い手不足が懸念される中、目の前の現実と業界再建への思いとで葛藤する日々が続きます。

山岸一男さん
「輪島は、なんだかんだいっても漆の都です。間違いないです。どこにも負けない。400年、500年の間にいろいろな人の関わりあいでもって成り立ったところだから、一人二人でできたわけじゃないから。意地っ張りなところが、いいかたちになって残ってきた。いいものを作ろうという。それを思うと本当に…何とかしたいなと思いますよ」