▼岡洋子さん
「『屋上に上がれ!』って言われました、その建物の屋上に。 そこから見る風景はすごかったです。雪が横殴りに降って、川が氾濫して津波が来て⋯。『ダメかもしれない』と思った瞬間でしたが、なんとか助かったんですね」

雪が舞う3月、「ガラケー」を手に、ひたすら夫の迎えを待ちました。午後2時46分に起きた地震、夫が迎えに来たのは夜の10時半。帰りの道中、車のカーナビのテレビで初めて被害の全容を知り、友人からは電話で「浪江町の海も全滅だ」と連絡がありました。

「私、職場に行く」すぐに職場の介護施設に向かった娘

当時、岡さんの娘は浪江町の海の近くにある介護施設に勤めていて、当日はたまたま休みで、岡さんと一緒に宮城・名取市で買い物をしていました。被災直後から、娘は“使命感”に駆られていたといいます。

▼岡洋子さん
「娘は『お母さん、職場に行く』って言って⋯。『わかった、じゃあ浪江に戻ったら連れていくから』と言ったものの、浪江に戻れないんですね、瓦礫がすごくて⋯」