一緒に暮らしていた祖父母から学んだこと

目黒さんは、やんちゃな部分と人見知りな部分の二面性がある子どもだった。
目黒龍二さん
「外からの見え方はガキ大将で、活発に何でもかんでもやりたがるタイプだったけど、初めて会う人と話すのが苦手だったりとか、そういう二面性があったかなと個人的には思ってます」

学生時代、一緒に暮らしていた祖父母からいろいろなことを学んだ。
目黒龍二さん
「手先が器用だなってよく言われるんですけれど、やっぱりおじいちゃんに似てるんだろうなと思ったり、結局僕は飲食店を経営しているので、料理が好きだったおばあちゃんの影響なんだろうなと思ったり、目黒家の血というものを感じる部分が多くなってきました」

高校卒業後、地元で就職をするが、元々興味があった料理に仕事を変えて飲食業のアルバイトを掛け持ちした。
目黒龍二さん
「最初に働いたのはお好み焼き屋さんですね。そこからラーメン屋さん、八戸にあるちょっと本格的なレストランでも働きました。勉強というよりは、ただ単に料理をするのが楽しかったり、飲食店の中でのコミュニティが楽しかったり…そういうのを教えてもらっていた気がします」
当時、おしゃれなカフェに憧れを抱いていた目黒さんは、思い切って上京。東京にいる3年間は大変だった部分もあるが、楽しさの方が上回っていた。

目黒龍二さん
「東京での3年間で、約6店舗の立ち上げにマネージャーやスタッフとして携わってきました」
その間に結婚して2人目の子供が生まれたのを機に、妻の故郷・沖縄へ。その2年後オーストラリアへ。

