政権交代すれば「すべてうまくいく」は本当か

Q.国民党の幹部に会った際「両岸(台中関係)がうまくいけば、台米関係、米中関係、日中関係は全てうまくいく」と強調されました。

松本教授
「それはない」といっても過言ではないかもしれません。そのお話は馬英九政権時の経験にもとづいたものと思われます。馬氏の前任で、民進党の陳水扁総統は台湾独立寄りの言動を強めたのですが、その結果、中国の強い反発だけでなく、アメリカからも厳しい批判を招きました。アメリカは台湾海峡の一方的な現状変更を望まないという立場で、中国による台湾統一も台湾の独立も支持していません。国民党の馬英九政権は、いわば米中連携のもとで誕生しました。現状維持を訴えた馬英九政権を米国は好感し、中国の胡錦濤政権も馬英九政権との関係改善を強力に進めました。両岸関係がうまくいくなかで、日台関係でも大きな進展が見られたのは事実です。

しかし現在の状況は当時と大きく異なると指摘します。

松本教授
第1に、米中対立という、国際関係の構造的な変化が起こっています。第2に、何よりも蔡英文政権の「現状維持」路線は、米国はじめ国際社会から高く評価されています。2008年当時のように、現在は米中が連携して、国民党政権の誕生を後押ししたような状況にはありません。国民党政権が誕生した場合、侯友宜候補は対米関係重視を掲げていますが、米中対立という構造的な枠組みの下で、対米、対中関係において難しいかじ取り、選択を迫られるものと思われます。

「日台関係」についても、これまで通りとはいかない場面も出できそうだといいます。

松本教授
日台の緊密な関係がすぐさま壊れるわけではありませが、国民党と日本側とのパイプは以前と比べるとかなり先細っているといえます。したがって、日台双方とも、そうしたパイプの再構築が求められる部分が少なくないものと思われます。そして、台湾側の対中スタンスの変化しだいでは、対日関係で難しい場面が出てくるかもしれません。侯氏が蔡総統のように地震後すぐ「X」にお見舞いのコメントを投稿するとか、ああいった動きができるかどうかもちょっと未知数ですね。

「台湾有事」あるとすれば

これまで聞いてきた通り、新総統の下、速度の差はあれ「経済・社会の融合的発展」が進むとみられます。ただ候補者3人は全員「統一には応じない」としています。最終手段として、中国の武力による統一はありうるのでしょうか。

Q.台湾有事があるとすればどのよう場合が考えられますか。

松本教授
有事となる可能性としては、第1に、習主席の「焦り」。現在70歳の習主席には「焦り」があり、それが台湾統一へと彼を駆り立てる一因となっているとの指摘もありますが、年齢よりも、むしろ国内的に政権の安全・安定が脅かされていると認識したとき、その打開策として台湾武力侵攻という選択肢が浮上するかもしれない。第2に、台湾本島ではなく、周辺島嶼の一部への侵攻。第3に、不測の事態。現場の判断ミス、あるいは現場の「暴走」というケースです。

コストや犠牲の大きい武力行使は、習主席の掲げる「経済・社会の融合的発展」の延長線上では考えにくいといいます。

松本教授
3期目に入った習政権は権力の集中を実現し、2027年秋の次の党大会までの「時間」を手にしました。彼にとっての最重要課題とは政権の安全・安定で、そのための課題は対米関係と経済問題。台湾問題の優先順位は相対的に高くない。台湾問題で強硬姿勢に出ることはあっても、それは主に国内向けの意味合いが強いのではないか。したがって、短期的には、中国が台湾(本島)に武力侵攻を行う可能性は高くないと思われます。ただし、それは武力侵攻の可能性がゼロというわけではなく、日本を含む周辺諸国にはその備えが必要ないというわけでも決してありません。

今後の世界情勢にも大きな影響を及ぼすとみられる台湾総統選。1月13日投開票で、新総統の就任は5月20日となります。