元旦のニューイヤー駅伝 in ぐんま(第68回全日本実業団対抗駅伝競走大会。群馬県庁発着の7区間100km)で、優勝や上位を狙うチームに強力ルーキーが多数加入した。一番の注目はなんと言っても、駒大からトヨタ自動車入りした田澤廉(23)だ。昨年のオレゴン、今年のブダペストと世界陸上に連続で出場した。Hondaには丹所健(22)とイェゴン・ヴィンセント(23)が東京国際大から入社。富士通には伊豫田達弥(23)が順大から加入した。旭化成では長嶋幸宝(19)が、10000mで27分44秒86の高卒1年目日本最高記録を出している。彼らが日本一レベルの高い駅伝でどんな働きをするか。ルーキーたちに注目したい。
世界だけを目標に成長してきた田澤
学生駅伝で大活躍した田澤が、上州路に初見参する。実業団駅伝は大学駅伝よりもレベルが一段階高い。ルーキーが活躍できる保証はないが、田澤には両駅伝のレベル差は関係ないのかもしれない。大学までは世代カテゴリーでトップを目標とし、実業団入り後に世界を目指す選手が多い。だが田澤は学生時代から、世界を目指してきた。昨年の世界陸上オレゴンでは20位、今年の世界陸上ブダペストでは15位と順位を上げた。
だが、田澤自身は「今季の成長はない」と言い切る。7月のアジア選手権(優勝・29分18秒44)、8月の世界陸上(15位・28分25秒85)、9月のアジア大会(4位・28分18秒66)と毎月国際大会に出場したことで「強化期間がとれなかったから」だという。
世界レベルへ達するための課題は何か? その問いへの答えに、田澤の意識の高さが表れていた。「ブダペストでは7000m以降の急激なペースアップに対応できませんでした。7000m以降のスピード対応力が一番の課題だと思います。その力を付けたとしても、ラスト1000m、金メダルの選手は2分20秒台で上がってくるわけで、ラストの切れがさらに課題になってきます。それはブダペストの前からわかっていたことですが、そのための練習ができないのが現状なんです。ですから課題も以前から変わっていません。練習においても、思っているスタート地点にすら立てていない」
12月の日本選手権も4位で、優勝した塩尻和也(27、富士通)は27分09秒80の日本新を出した。田澤も27分22秒31と自己記録を1秒13更新したが、上位選手全員が自己新を出したレースで、田澤の自己評価はかんばしくなかった。だが27分30秒未満で3回走った日本選手は田澤しかいない。客観的に見て、田澤の力が日本屈指であることを証明したレースだった。
Hondaには箱根区間賞コンビのヴィンセントと丹所、富士通には関東インカレ10000m優勝の伊豫田
トヨタ自動車には日本選手権2位の太田智樹(26)もいる。前回のニューイヤー駅伝3区で、大迫傑(32、Nike)を破って区間賞を取った選手だ。日本選手権後のダメージの残り方にもよるが、順当なら太田と田澤で2区と3区を分担する。
田澤はニューイヤー駅伝で求められる役割を質問されると、「区間賞じゃないですかね。それだけです」とコメント。希望区間はないと言う。つまり、どの区間でも区間1位を目標に走る。その話しぶりから、同じ集団に誰がいたらとか、誰と対決したいとか、まったく考えていないのだろう。世界で戦うためには、国内の駅伝でどうこう言っていたら始まらない。そんな気概を感じられた。
今回の元旦決戦は前回優勝のHonda、2位の富士通、3位のトヨタ自動車が3強と言われている。各チームにいる有力新人はどんなポジションで、どんな働きを期待されているのだろうか。
トヨタ自動車は太田と田澤が2区と3区に起用されたときは、この2人である程度のリードを奪いたい。Hondaには箱根駅伝3区間(2、3、4区)の区間記録を持つヴィンセントと、2年前の3区区間賞の丹所が入社。ヴィンセントはインターナショナル区間の4区出場が確定済みで、丹所は6区か7区が予想されている。
Hondaは前回5区区間賞の青木涼真(26)と、6区の中山顕(26)が強力で、この2区間は全チーム中最強と言われている。ヴィンセントは東日本予選2区で区間7位と、実業団駅伝のインターナショナル区間の区間上位は厳しい。だが、区間賞から20秒くらいの差にとどめ、前が見える位置で5区に渡したいところ。丹所は、中山が3区など前半に回れば6区の可能性もあるが、東日本では最長区間の3区に起用されたことからも、7区の可能性が高い。トップでタスキを受け取れば、それを群馬県庁まで運ぶことが求められる。
富士通の伊豫田は22年の関東インカレ10000m優勝者。スピードのある選手だが、富士通の前半区間候補には10000m日本記録保持者になった塩尻、ともに東京五輪5000m代表だった松枝博輝(30)と坂東悠汰(27)がいる。3人ともトラックの代表経験選手である。前回1区区間4位の塩澤稀夕(25)も1区候補、前回まで最長区間だった4区で前回区間4位の横手健(30)も、今回から最長区間の2区候補だ。
東日本予選6区で区間賞の走りを見せた伊豫田だが、可能性が高いのは後半区間だろうか。6区の可能性が高く、トップに立っていればその位置をキープして7区につなぐこと、小差で負けていればトップに立つことが求められる。
箱根駅伝を経ないで世界を目指す長嶋
3強以外にも有望新人が目白押しだ。特に旭化成ではルーキー3人が10000mの27分台を、11月下旬から12月初旬にかけてマークした。1年前の箱根駅伝7区区間賞の葛西潤(23、創価大出身)が27分36秒75、全国高校駅伝1区区間賞の長嶋(兵庫・西脇工高出身)が27分44秒86、箱根駅伝3区区間2位の井川龍人(23、早大出身)が27分47秒21。
駅伝では九州予選1区で、旭化成Bチームの長嶋が区間4位ではあったが、旭化成Aチームの井川に26秒先着した。葛西は2区で区間5位だが、インターナショナル区間でアフリカ勢6選手を上回った。葛西にも強さを感じるが、注目は高卒1年目最高を出した長嶋に集まる。
「出場選手の中で僕が最年少。区間賞を取れば盛り上がります。応援してくださる方たち、いつも支えてくださっている方たちに良い姿を見せたい」とTBSの取材に話している。
大学に進学し箱根駅伝を走る道を選ぶ高校生が大半の状況で、高卒で実業団入りした。TBSが取材したコメントを聞いていると、気持ちの強さと思い切り、良い意味での開き直りが感じられた。「高校2年のインターハイ1500mで3分44秒87で走ったときから徐々に、世界で戦いたい気持ちが強くなり始めたんです。練習内容や生活内容をうかがい、色々と考えた結果、実業団に所属してレベルの高い練習や生活をしていくことが自分に合っていると判断しました。旭化成はものすごい力を持った先輩方ばかりなので、僕は気楽に走らさせていただける、という感覚です。大学トップクラスのランナーが実業団の舞台で走っています。自分が高卒で、大学の舞台を飛ばして実業団で戦えるところに一番ワクワクしています」
旭化成は日本選手権10000m3位、日本歴代3位を持つ相澤晃(26)がエースで、九州実業団駅伝でともに区間賞を取った大六野秀畝(31)と市田孝(31)がそれに続く存在。近年はマラソンがメインだが、かつて区間賞を取り続けた鎧坂哲哉(33)も健在だ。主要区間候補は3強に劣らない。エドウィン・キプケモイ(22)の状態が上がらなければ、九州予選のようにインターナショナル区間を葛西が走る可能性もある。
長嶋の出場区間は1区か、あるいは6区か。区間賞はさすがに難しいかもしれないが“若さと勢い”で金星をゲットすることも、今の長嶋ならやってのけてしまうかもしれない。チームも勢いに乗り、旭化成の4年ぶり優勝を実現させる可能性もある。旭化成以外ではGMOインターネットグループの岸本大紀(23)と嶋津雄大(23)も、ともに箱根駅伝で区間賞を取った経験がある。2人の走り次第ではチームの初優勝の可能性がある。
田澤と駒大で同期だった山野にブレイクの予感
優勝までは届かないかもしれないが、九電工の山野力(23、駒大出身)、SGホールディングスの近藤幸太郎(22、青学大出身)と中村唯翔(23、同)、ロジスティードの藤本珠輝(22、日体大出身)、四釜峻佑(22、順大出身)、富田峻平(23、明大出身)らも、チームの入賞に向けて期待の新戦力だ。
山野は10月、11月と10000mの27分台を連続でマークした。ハーフマラソンの学生記録(1時間00分40秒)を持つなど、スタミナ型の選手だったが、実業団でスピードにも磨きをかけた。練習はMGC(マラソン・グランドチャンピオンシップ。パリ五輪代表3枠のうち2人が決定)2位でパリ五輪代表を決めた赤﨑暁(25)らと行った。自身も来年2月か3月に2度目のマラソンに挑戦するからだ。
「ジョグは赤﨑さん、大塚(祥平。MGC8位)さんより少ないのですが、(負荷の大きい)ポイント練習は同じ内容ができていました。ジョグに関しても、大学ではジョグの量が決まっていましたが、実業団では自分で判断して決めます。意識を高く持ってやらないと成長しません。2人との合宿も自分だけ、最後の1週間をスピード系のメニューをやって27分台を出すことができたんです」
ニューイヤー駅伝では1区、2区、3区への出場が期待されている。「九電工はここ数年、個人の持ちタイムは良いのにエース区間でやられています。27分台が1回だったらマグレかもしれませんが、2回出すことができました。駅伝でも区間上位で走りたい。それができればマラソンにも自信を持って臨めます。2時間05分50秒のMGCファイナルチャレンジ設定記録を破って、3人目のパリ五輪代表を狙っていきます」
山野は駒大で田澤と同学年、3年時には田澤がキャプテンを務め、4年時にはその役割を山野が引き継いだ。近藤は青学大のエースとして、田澤と何度も同じ区間で戦った。1年前の箱根駅伝2区では、田澤が直前に体調不良があったとはいえ、近藤が10秒差で初めて勝った(区間2位と区間3位)。
世界を目指す上では学生時代の戦績など関係ないが、学生時代のライバルたちがニューイヤー駅伝でも好勝負を繰り広げれば、駅伝ファンは楽しめる。駅伝が盛り上がり、しっかり練習をすることで故障などを回避すれば、世界のレベルに近づいていけるはずだ。世界陸上ブダペストもそうだったが、日本人選手が世界でも活躍する時代になっている。田澤に代表されるように、長距離選手も近年は駅伝だけで満足しなくなった。ルーキーでもニューイヤー駅伝は当たり前に好走して、パリ五輪や25年世界陸上東京大会へのステップとしてほしい。
(TEXT by 寺田辰朗 /フリーライター)
*写真は、左から田澤廉選手、伊豫田達弥選手、丹所健選手