ニューイヤー駅伝 in ぐんま(第68回全日本実業団対抗駅伝競走大会。群馬県庁発着の7区間100km)に新たな日本記録保持者が登場する。12月10日に行われた日本選手権男子10000mで塩尻和也(27、富士通)が27分09秒80の日本新で優勝。来夏のパリ五輪参加標準記録の27分00秒00は突破できなかったが、今年8月に行われた世界陸上ブダペスト大会標準記録の27分10秒00は上回った。今季世界9位のタイムで、このレベルの記録を出し続ければ、世界ランキングでパリ五輪出場資格を得られる。
2位に太田智樹(26、トヨタ自動車)が27分12秒53、3位に相澤晃(26、旭化成)が27分13秒04で続き、3人が従来の日本記録の27分18秒75(相澤・20年)を上回った。
日本選手権で激闘を繰り広げた選手たちはニューイヤー駅伝でも、最長区間の2区や、それに続くスピード区間の3区で激突する。塩尻に日本記録のレースを振り返ってもらいつつ、ニューイヤー駅伝への意気込みを話してもらった。

日本新の余韻に浸らずニューイヤー駅伝へ

――日本選手権から1週間が経ちましたが、日本記録保持者となったお気持ちは?
塩尻:
実感がない…とも少し違うかもしれませんが、チームに合流して合宿に来ていることもあると思うのですが、優勝したとか新記録を出したという感覚はなく、ニューイヤー駅伝に向けて、という気持ちが強くなっています。合宿に合流した日や、その次の日は日本選手権のことも話したりしましたが、1週間も経てば周りも僕自身も駅伝に向かっています。

――ダメージはありますか?
塩尻:
疲労は多少出ていますが、練習に支障を来すようなケガや痛みではないので、ニューイヤー駅伝に向けて問題なく臨めると思っています。

――日本選手権の5000m通過は13分40秒でした。どんな状態で通過したのですか。
塩尻:
13分40秒になると事前に聞いていたので、実際の通過タイムを見て設定通りなのを確認しました。10000mでは過去最速の通過タイムだと思います。キツくはありませんでしたが、すごく余裕がある感覚でもなく、ひとまず予定通りなので、このまま終盤までしっかり集団に付いて進めよう、という気持ちで通過しました。

――レース後半では、トヨタ自動車の太田選手、田澤廉選手(23)の後ろでレースを進めていました。位置取りに関してはどう考えて走られていましたか。
塩尻:
位置取りで特定の選手を意識して走ることはなかったです。しっかり先頭集団に付いて行こうと思っていました。先頭集団の中でも少し前の方を走って、前が少し開いてきたら、後ろの選手に付いて下がらないように、というところだけを意識して走っていました。周りの選手は大型スクリーンに映る映像で、8人くらいに絞られてからは、誰がいるかを確認していました。モニターを通してなので表情までは細かくわかりませんでしたが、後ろに付いている相澤選手の余裕がありそうで、このまま付かれると勝負の場面で大変かな、と思ったりもしました。

――終盤、残り1000m付近からリードを奪いましたが、ロングスパートを考えていたのですか。ラスト1周の勝負も考えていたのでしょうか。
塩尻:
両方の想定をした上で、どちらでも行けるように考えていました。設定通りのタイムで進めば余裕を持って走っている選手はいないと思ったので、実際にラスト1000mを過ぎて太田選手と相澤選手と少し差が開いたとき、自分だけ先頭の外国人選手から離れずに走れていました。そこからガラッと動きを切り換えたわけではありませんが、同じ動きでもスピード感を上げる走りで引き離せれば、と最後の場面では走っていました。