『悩んでいる人を孤立させない』
事件から3か月後、悲しみの中で、伸子さんは早くも活動をはじめていた。
(伸子さん)「初めまして、わたし、西澤弘太郎『こころのクリニック』をしていた者の妹にあたる者なんです」
オンラインで集まっていたのは、事件があった兄のクリニックの元患者たち。心の支えだったクリニックを失った悲しみと不安を共有し、和らげようと、コロナ禍のオンライン上では、新たな”居場所”が作られていた。
伸子さんは「兄の患者らに、自分ができることはないか」と、参加するようになった。伸子さんは元患者らに問いかける。
(伸子さん)「近々でも遠くてもいいんですけど、やりたいことはありますか?」
(元患者の男性)「ミスチルのライブに行くことです」
照れながらそう答えた男性も、仕事で心を病み、兄のクリニックに通院していた。集いで伸子さんと話したり、活動を知り、「自分も負けていられない」と元気をもらえるのだという。
事件に向き合い続けた伸子さん、そして気づいたことがある。谷本容疑者のように孤立し誰にも相談できずに悩みを膨らませることが、事件が起きた一つの原因かもしれない。
「解決するために小さな力でも常に動いていく」
それが兄を失った伸子さんが導き出した一つの答えだった。しかし不安も抱えていた。
「素人の私が、患者さんに寄り添うことってしていいのか…やれるのかなって」
伸子さんは胸の内を去年5月、ある人に相談していた。
精神科医の兄にカウンセリングを教えていた「恩師」、心理士の土田くみさんだ。
(土田くみさん)「西澤先生の妹さんとしていらっしゃるだけで、皆さん救われると思いますよ。自分たちの中に入ってくれたってだけでそれが誠意というか、患者さんも救われていると思う」
包み込むような土田さんの言葉。ここまで一人で走ってきた伸子さんの目に涙があふれていた。そして、伸子さんは兄が師事した土田さんのもとで心理学の基礎を学ぶことになったのだ。