水俣病の患者がはじめて公式に確認されたのは1956年(昭和31年)。67年が経過した2023年のきょう、大阪地裁で判決が言い渡される。『水俣病は終わっていない…』。国の認定や救済を受けられず苦しんでいる人たちが“最後のチャンス”司法に望みを託している。

《2009年に特措法成立も…救済から“漏れる”人々》

水俣病は、工場廃水に含まれるメチル水銀化合物に汚染された魚介類を、日常的に食べた人々が罹患した神経系疾患で、4大公害病のひとつ。熊本県水俣市の「チッソ」(旧:新日本窒素肥料)水俣工場からの廃水が八代海に流出したことで、沿岸住民など多くの人が罹患した。

2009年に「水俣病被害者救済特別措置法」(特措法)が成立して未救済の被害者に、一時金や療養費を給付するという救済措置がとられ、熊本県では約2万3千人が給付対象になった。

しかし申請が2012年7月末で締め切られたため、制度を知らず申請できなかった人が生じた。申請はしたが、症状の基準や居住地が対象外との理由で認められなかった人もいる。