◆「ワンピースを着て、街へ出た」朝日新聞

もう一人の方は、朝日新聞東京本社文化部の平岡春人記者。「体験を記事にすること」というテーマで話しました。実は平岡さん、ワンピースを着て会場に来ました。「ワンピースを着て、街に出た」という連載記事を書いた方です。自分の性の問題について、ずっと悩んでいたと語っています。

(分科会の会場で朝日新聞の平岡記者)



(以下、2023年4月26日、朝日新聞連載第1回「男性として生きてきたけれど…伝えたい、ワンピースを着て見えた世界」より)

声変わりや体の成長は、思春期の私には受け入れ難い現実であった。声変わりに気づいた夜、自分の部屋で泣いた。

だが、私は自分を「女性」だと信じられなかった。

小学生の初恋の相手は「女の子」だった。周りの「女の子」が身につけていたピンク色のものに興味はなかった。

「私は何なのだろうか」

◆社内にセーフティスペースができた

性の問題は、男と女の単純な2つではなくて、もっとグラデーションに富んだものではないかとこのコーナーでもしたことがあります。実際にワンピースを着て会場に来た平岡さんの話を聞いていると、改めてそういう風に思いました。

(参会者に語りかける朝日新聞の平岡記者)



平岡春人さん:縁もゆかりもない札幌で、たまたま出会った友達に人生初のカミングアウトをします。その人とワンピースを買いに行き、家の中で着て、鏡を見て、「ああ、どうしてこんな簡単なことに25年もかかったのだろう」「戻れないな」と思いました。その日、インスタに自分のワンピース姿を挙げて、友達全員が知ることになります。
どこかにずっと「記者の目」があります。どういう記事がいい記事なのだろうとか、こういう記事はどうだろうと考えているとか。街を歩いている自分に向いてしまいました。その時に、「あ、伝わるな…」と何となく思いました。

平岡さん:直属のデスクと仲がよくて、よく飲んで音楽とか本の話をしたりする中で、人権についていろいろ聞かされ、言わば私の人権感覚を育ててくれた方。初めてワンピースを着た時から3日くらい立った夜に、「実は…」という話をしたら、すんなりと。相当頭の中には葛藤があったでしょうけど、丁寧な言葉を選んでくださって。社内にセーフティスペースができたのは極めて大きかった。しかも、それが直属の上司。

平岡さん:西日本新聞の西田さんが「直前まで一部の人にしかお伝えしていなかった」とおっしゃっていましたけど、私も、11月に初めて企画書を出すのですが、掲載は4月。3月まで、私と上司以外、この記事のことを知っている人は社内にいませんでした。それは、私がいつでも取り下げられるようにという配慮のもとです。

◆連載を中止することも想定に

西日本新聞でも朝日新聞でも、記者の極めてプライベートな問題を連載することは、直前まで関係者以外には知らされていなかった、ということです。西日本新聞でも、西田記者が悩んで「止める」と言ってきたときにすぐ対応できるように、「連載の途中であっても、中断する覚悟があった」とおっしゃっていました。
非常にセンシティブな問題なので、「どう取り上げるか」について、いろいろな配慮をしていることが両社の特徴でした。

平岡さんは今、文化部で放送を担当しています。取材にはワンピースを着て行って、テレビ局の社長などにインタビューをしていますが、今まで「なぜその格好をしているの?」と聞かれたことはない、ということです。「恵まれた環境でもあるな」とも思いました。