
この中で“事実認定”においては複数の生々しい証言が記載され、そこからジャニー喜多川氏の“手口”が詳らかになった。番組で取材した元ジャニーズJr.はジャニー氏と初めて会った日に被害を受け、その翌日に突然雑誌の仕事をもらった。当時13歳。ジャニーズJr.に応募し、母親に付き添われて行ったレッスン初日…。

元ジャニーズJr. 大島幸広さん(38)
「ジャニーさんが来て『明日仕事あるから今日はうちに泊まっちゃいな』と言われた。母と来てると伝えると『お母さん“いい”って言ってるからもう泊まっちゃいな』と…」
そしてジャニー氏の自宅に泊まった夜、他のジュニアと一緒に性加害にあった。そしてその翌朝、雑誌の撮影に連れていかれたという。

元ジャニーズJr. 大島幸広さん(38)
「ウイ~んってFAXが来て、見ると“明日、誰々はどこどこ”で仕事内容が書いてある。(僕以外は)有名なジュニアばっかりですよ。そこにジャニーさんが電話するんですよ。で、『じゃぁユー、ここ入っちゃうか』みたいな感じで…」
その後も大島さんは性被害の回数に比例するかのように仕事が増えた。雑誌の仕事でハワイへ行き、そこで被害を受けたこともあった。だが優遇されていたのはジャニー氏の求めに応じていた間だけだった。

元ジャニーズJr. 大島幸広さん(38)
「何か月か干された時期があった。結構断ってたので、僕が…。(僕が断った後)突き放す。引き離して言葉では言わないけど、“断ってるとこうなる”みたいな行動で…。2~3か月呼ばれないと不安になるじゃないですか、こっちは…(中略)ジャニーさんが電話してるときに『代わりはいくらでもいるからね』みたいな…、『嫌ならいいよ、来なくて』っていうスタンス…。たぶん周りのみんな、それを知ってる。だから怖い…(中略)先輩に“辛いです”とか言うんですけど“がまん我慢”って。横のラインでは笑い話にして、とりあえず吐き出すことにしていた。皆そうしてた…」
大島さんはジャニーズ事務所を15歳で自主的に退所するまで200回を超える性被害を受けたと話した。性加害を受け入れれば”優遇”、拒めば“冷遇”。平本さんは言う。

『性加害問題当事者の会』 平本淳也代表
「簡単に言えば好かれるか嫌われるかですよ。ジュニアの立場で、小学生や中学生ですよ。それに対して相手は偉い大人。社長ということも認識したうえで、好かれれば優遇。嫌われれば、その度合いによっては居場所がなくなってしまう。存在を消され、目も合わせてくれない。それが辛くてやめてった子を見てきた。そうすると怖くなる。“そうはなりたくない”。何をすれば(ジャニーさんに)好かれるのか、子どもながらに考える。ジャニーズ事務所の中では、それしか手がなかった」
子どもへの性暴力を長年取材してきた新聞記者、大久保真紀氏は、ジャニー喜多川氏の“手口”は“典型”だという。

朝日新聞 大久保真紀 編集委員
「これは典型です。強いものが弱いものに立場を利用して行うのが性暴力ですから。ジャニー氏の場合プロデューサーであり、言うことを聞けばデビューできる。いわゆる“飴”。言うことを聞かなければ、やめなければいけない。権力の関係がある。(中略)子どもたちの有名になりたい、デビューしたいという思いを利用しているわけですが、子どもたちにとっても“拒めなかった”という思いを抱かせることで“共犯関係”を築いている風に思わせてしまう。(中略)加害者の典型的なやり口です」
”スターになりたい”その心情に付け込んだ卑劣。元ジャニーズJr.の大島さんが被害を告白できたのは退所から10年、27歳の時。母親が同期のジュニアがテレビで活躍しているのを見て「あなたもこうなってのかもね…」と言った時だったという。「実は…」と切り出した彼に母親はしばし無言。そして「がんばったね」と言われた。