「バカにしている」遺骨だと思った箱の中には、ただの板きれ

箱石さんは子ども2人を連れて、実家の栃木県・那珂川町に疎開。親戚の家に身を寄せながら、1945年、終戦を迎えました。

箱石シツイさん
「(夫は)生きているか死んでいるかもわからなくて、ずっと音沙汰なし。音信不通」

戦死の知らせが届いたのは、1953年。終戦から8年が経っていました。

箱石シツイさん
「昭和28年に戦死の公報。最後どんな目にあったのかはわからないですね。

(絵を見ながら)遺骨をもらったのは、もう少し小さい箱ですね。本物はこのくらいかな、白い箱で」

箱石さんの記憶に沿って絵を修正して描き直す、法廷画家の根本さん。周りにいた人の服装や箱の大きさなど、箱石さんが見た光景を、できる限り再現してくれました。

箱石シツイさん
「(絵を見ながら)東京都のほうに呼ばれて、遺骨受領に行って。うちの息子が白い箱を持ったままつまずいて転びそうになったとき、『コロコロ』と音がしたんですって。開けてみたら、このくらいの小さい位牌。ただの板、板きれ。ずいぶんバカにしていると思って」

「骨も爪も髪の毛も、何もない。毎日毎日何年も待ったのに、こんな板切れだった。悔しかったですね。指の爪でもいいから、やっぱり本物が欲しかったですよ」