全国の地震被災地でも、その爪痕は消えつつあります。
2004年、▼68人が死亡した新潟の中越地震では、▼260か所以上の土砂災害が発生しましたが、今では現場は分からなくなっています。

元・中越復興支援員 筑波匡介さん(現・福島県立美術館主任学芸員)
「10年経てば草木が茂って分からなくなる。(災害現場は)残しようがない、見守るしかない」

その一方で、地域住民が主体的に動き始めます。伝承のため、被災家屋の保存運動を進めたり、安全が確認された災害現場を交流の場として利用したりしているといいます。
元・中越復興支援員 筑波匡介さん(現・福島県立美術館主任学芸員)
「主役は常に地域の住民。(災害を)自分事としてかみ砕く時間が絶対必要なので対話が必要」
栗原で被災した住民も荒砥沢との関わり方に関心を寄せていました。

地震で被災した数又養魚場 数又貞男さん
「近くで見てみたい。山が動いたことを知ってもらいたい。緑で隠れて見えなくなるので今だと思います」

栗原のジオパーク推進協議会では将来、公開してどのように利活用するか、近く専門家らを交えた委員会を立ち上げる方針で、地域住民を巻き込んだ活発な議論が期待されます。
荒砥沢地すべりの現場は、今回特別な許可のもと取材しました。今も立ち入り禁止で、危険な場所もありますのでくれぐれも入らないでください。