1投目から北口の笑顔が見られるか?

北口榛花の持つ日本記録は66m00で、世界陸上オレゴン標準記録の64m00を2mも上回っている。
だが、19年秋に出したその記録は“一発”の要素が強く、その後も安定して65m前後を投げられる状況にはなっていない。セカンド記録は19年5月に出した64m36で、サード記録は今年5月8日のゴールデングランプリ(GGP)で投げた63m93である。標準記録より2m良い記録を持っていても、64m00を投げるのは簡単ではない、ということだ。
だが今年のGGPの63m93には、明るい材料があった。それは1投目でその記録を投げたこと。スタンドにはじけるような笑顔を見せた。
投てき種目は3回目までの上位8人だけが、6回の試技が認められている。北口は後半の試技でその日の最高記録を出すことが多く、66m00は6投目、64m36は5投目だった。その他にも63m台が2試合あるが、19年日本選手権は4投目、20年全日本実業団陸上も6投目。東京五輪代表を決めた昨年の日本選手権も6投目だった。
試技を重ねる中で技術の修正や助走スピードの調整ができる。それ自体は悪いことではないが、国際大会では3投目までに良い記録を出さないと、決勝やベストエイトに進むことができなくなってしまう。好調だった19年シーズンの世界陸上ドーハ大会も、3回目までが60m54という微妙な記録しか残せず、6cm差で決勝に進めなかった。
その点を修正できたのが東京五輪予選で、1回目に国際大会としては好記録の62m06を投げて決勝進出を決めた。北口は「3回の練習試技を前半3回と思って全力で投げて課題を見つけて、1投目を4投目だと思って投げたんです」と、それ以前との違いを説明する。

決勝では左脇腹に痛みがひどくなって12位に終わったが、成長した姿を見せることができた。
今季はゴールデングランプリだけでなく、59m63ではあったがシーズン初戦の日大競技会(4月23日)も、61m20で優勝した木南記念(5月1日)も1投目にその日の最高記録を投げている。大会によって練習試技の本数は違うので東京五輪とまったく同じことができているわけではないが、今季の北口は1投目に記録を残すコツをつかんでいる。
GGPでも「1投目だけやり真っ直ぐに飛ばせましたが、2投目から助走スピードを上げたら投げの動作が少し変わってしまいました」と課題を挙げる。だが、それは“次の段階”の課題に取り組めることを意味している。
木南記念のときには以下のように話していた。
「63~64mを毎試合、3投目までに出す試合を続けたいです。私自身も安心できますし、見ているみんなも安心できる(笑)。4投目以降で試すこと、攻めることができます。そういった試合を続けていれば標準記録は出るでしょう、と思ってやっています」
日本選手権でも北口の1投目を見逃さないようにしたい。そこで64m00を超えれば、その後の投てきでさらにチャレンジができる。
そしてヤンマースタジアム長居は、19年5月の木南記念で64m36と、自身初の日本記録を投げたゲンの良い競技場だ。前述のように5投目だったが、日本選手権でそれに近い記録を投げたら、後半試技で長居2度目の日本新と、北口のその日2度目の笑顔が見られるかもしれない。
(TEXT by 寺田辰朗 /フリーライター)