◆暴走行為が政局にも影響

高級スポーツカーでの暴走事故はほかにもある。こちらの方が社会で、別の意味で問題になった。

ある男性が運転するフェラーリが北京市内の公道を走行中、側壁に激突する事故があった。スピードの出し過ぎが原因だった。この男性は即死、同乗していた女性も搬送先の病院で亡くなった。死亡した男性の父親は当時のトップ、胡錦濤主席の側近だった。父親は、事故のもみ消しを図ったが、この工作が発覚し、地位を失う。

問題は、日本円で1億円近くする高級スポーツカーを買う金が、どこから出たのかということだ。息子の事故を発端に、高級幹部、しかも将来を嘱望されていた父親は、のちに収賄罪などで無期懲役の判決を受け、現在、刑に服している。暴走行為が政局にも影響したのだ。

今も、格差社会=ピラミッド型社会の上の方、つまり時流に乗ったビジネスで富を築いた者やその親族が、有り余るカネを高級自動車に注ぎ込み、同じような仲間と公の道路でスピードを競うことがよくあり、時には事故を起こす。それを大多数の庶民は目の当たりにする。中国において、庶民は特権を乱用する一部の幹部、その子弟たちへの不満が、指導部に向くこともあり得るし、それが社会を揺るがしかねない。

◆暴走行為は社会に対する不満?警戒する習政権

一方、特権を享受していなくても、暴走行為に走る若者たち。彼らも、社会に対する不満を発散させる場として、道路の上で無謀な走りをする。それを見物に来る者たちもまた、暴走行為をする者たちを焚きつけて、憂さ晴らしをする――。そんな構図が今の中国社会からは、見てとれる。

「暴走行為による騒音でうるさくて眠れない」「事故が起きる・事故に巻き込まれる」といった怒りや不安だけではない。社会の安定維持を最優先したい習近平政権としては、暴走行為はさまざまな意味合いで、警戒すべき対象となっている。

当局が組織していないのに、群衆が集まる。そして秩序なく、騒ぎを起こす――。今の中国社会では、これだけで習近平政権が恐れる事態なのだ。何がきっかけになるかわからない。だから、もっと大きな出来事に引火しないように、事前にさまざまな手段を講じるのだろう。中国において暴走車両、暴走族の摘発は、日本とも違う意味合いがあるのだ。

◎飯田和郎(いいだ・かずお)
1960年生まれ。毎日新聞社で記者生活をスタートし佐賀、福岡両県での勤務を経て外信部へ。北京に計2回7年間、台北に3年間、特派員として駐在した。RKB毎日放送移籍後は報道局長、解説委員長などを歴任した。