ウクライナによる反転攻勢が始まろうとしている中、ロシア国内で何者かによるインフラ施設の爆破やドローン攻撃が相次いでいる。5月3日に起きたモスクワ中心部のクレムリンを狙ったドローン攻撃はまだ記憶に新しい。5月30日にはプーチン大統領の公邸があるモスクワ郊外の高級住宅街などにドローン8機が飛来。防空システムで撃墜されるなどしたが、モスクワ市民をひどく動揺させた。

ウクライナ政府は関与を否定し、米政府も当初は「ロシアによる自作自演の偽旗作戦」とみていた。しかし、クレムリンへの攻撃をめぐり、米紙ニューヨーク・タイムズが5月24日、「ウクライナの特殊軍事部隊か情報部隊が計画した可能性が高い」との複数の米当局者の新たな分析を報道。これ以外の爆破や攻撃もウクライナ当局が何らかの形で関与した秘密工作との見方が有力になりつつある。

対ロシア秘密工作の“黒幕”はブダノフ情報局長か

秘密工作の背後にいるとみられているのが、ウクライナの若き将軍、キリロ・ブダノフ国防省情報局長である。ブダノフ氏は1986年生まれの37歳。2007年にオデーサの陸軍士官学校を卒業後、軍の諜報機関である国防省情報局に入った。2014年のロシアによるクリミア軍事侵攻以降、様々な秘密軍事作戦に関わり複数回負傷したとされるが、詳細は不明だ。

作戦での功績を評価され、2020年にゼレンスキー大統領によって34歳で情報局長に抜擢された。

ロシアによるウクライナ侵攻後の2022年10月、クリミア半島とロシア本土を結ぶクリミア橋が爆破され橋の一部が崩落する事件があったが、モスクワの地区裁判所はこれに関与した疑いでブダノフ氏に本人不在のまま逮捕状を出している。
ブダノフ氏に対しては、2019年に車が爆破される事件が起きるなど10回以上の暗殺未遂があったという。キーウに勤務していた日本の元外交官は「彼が大使公邸に来た時はものすごい警備で、副首相が来た時より厳重だった」と回想する。

ウクライナ政府の中で唯一「ロシアの全面侵攻を正確に予測」

ブダノフ氏の言動が注目されるようになったのは、ロシアによる軍事侵攻をウクライナ政府の中で唯一正確に予測したからだ。侵攻の前日までウクライナ軍指導部は「ロシアはクリミア侵攻時と同じように東部の一部地域に限定して攻撃する」とみていたが、ブダノフ氏は「2月24日午前4時」と具体的な日時を示したうえで「首都キーウを含む全面侵攻になる」と主張した。
西側外交筋は「ロシア側の動きについて彼が述べたことは、その多くが後日正しかったと判明している」と指摘している。

そのブダノフ氏が描いた「未来のロシア地図」がSNS上に流れたことがある。ウクライナ戦争後にロシアは大きく3つに分裂し、極東とシベリア東部は中国に吸収され、中央の広大な部分には“中央アジア共和国“が誕生。そしてロシア自体はモスクワとサンクト・ペテルブルクを中心としたウクライナと同規模の国になる…果たしてそうなるのかは別として、ブダノフ氏の考え方をよく表したエピソードだ。