なぜ、閉店してしまったのか?

紆余曲折もありながら、初代当主である父親の背中を見て作り上げてきた米子の「第一旭」。今でも大森さんの心の中には父親の姿が鮮明に残っています。

大森髙男さん
「やっぱり親父は、労をするのに『嫌だ』とか『そんなことしたって…』とか言わずに、とにかく前向きにやっていました。血液型B型ですから、ブルドーザーみたいに前にぐるぐるぐるぐる進んでいく。その辺りを親父から習ったので、私は後ろに引くことや弱気になることは一切ありませんでした」

米子の第一旭は人気店となり、多い時には店内がすし詰め状態になることもありました。1日に100人以上の来店もあったという人気店でしたが、一体なぜ店を閉めてしまったのでしょうか?

大森髙男さん
「周辺の道幅が広くなるということがあったんですね」

鳥取県によりますと2002年頃、店の前の県道の拡張工事が行われました。そのため店を移転しなければならなくなり、そのタイミングで閉店を決めたそうです。

大森髙男さん
「自分も店を頑張ってきたというのがあったたので、やっぱりその店舗が無くなるというのは寂しくなるし、廃業ということになりました」