高橋選手を剣の道に導いた父 監督の意地

帝京長岡高校剣道部の高橋直志(なおし)監督。怜暉さんの父親です。

怜暉選手の父で帝京長岡高校剣道部の高橋直志監督

男子剣道部創設以来36年、高校剣士を育てています。

【帝京長岡高校剣道部 高橋直志監督】
「ライバルを目の前においてそのライバルと振り合う、その相手はライバルであり自分なんだよ」

今年、還暦を迎える高橋監督には、帝京長岡高校で成し遂げたいことがありました。

【帝京長岡高校剣道部 高橋直志監督】
「長岡から選抜(大会)って1回も出たことないんですよ。いい選手に声をかけてもですね、ほとんど新潟地区の高校に進学してしまうと。そういう状況の中で、『絶対、長岡から全国に出るぞ』という意地がすごくあって」

全国大会へ懸ける想いは監督として、そして父親としても、特別なものがありました。

【帝京長岡高校剣道部 高橋直志監督】
「こいつ(怜暉選手)と行きたいし、そしてこいつの仲間たち、素晴らしい仲間たちと一緒に行きたいぞって、そういう気持ちはものすごく強かったですね」

父とともに全国へ― 息子の決意

父親とともに全国大会を目指すことを決めた高橋選手。さらにもう一つ、帝京長岡を選んだ理由が『自分を甘やかさない』ということです。

帝京長岡高校剣道部 高橋怜暉選手

【高橋怜暉選手】
「(全国常連校の)新潟商業高校や新潟明訓高校に行って、仮に自分が負けても全国に出れたとしても、それだとちょっと甘いというか。自分を甘やかさない、自分をより厳しくできる環境を選んだ」

帝京長岡高校剣道部の機関紙

帝京長岡高校剣道部が出している機関誌には、高橋選手の決意が書かれていました。

【帝京長岡高校剣道部の機関誌 一部抜粋】
「2年前、自分が帝京長岡に行くと決めた時、一部の人に『あいつは帝京長岡に行っても絶対に伸びない』とか『帝京長岡に行ったから、もう勝てない』などという陰口を言われたことを今も覚えています。自分はこの気持ちをただ悔しい、悲しいで済ませず日々の練習にぶつけ、ひたすら我武者羅になって稽古に取り組みました」

【父親の高橋直志監督】
「(怜暉は)剣道も生き方もちょっと不器用なところがあるんですけど、もうその代わり、剣道に取り組む、がむしゃらな取り組み方っていう意地はピカイチ。それが彼の一番の武器」