■野党の視線は6月統一地方選に?

法案の採決当日、記者が国会議事堂を取材に訪れた時、野党議員たちは議場前でプラカードを掲げて抗議していた。ただ何かおかしかった。本会議に向かう与党議員を見送っているような雰囲気だったのだ。違和感の正体は、猛反対している割には少なかった野党の「熱量」だった。その背景にあるのは、政治家にとって最も重要なイベント、選挙なのかもしれない。

議場前で抗議する野党議員たち

韓国は6月に統一地方選挙を控えている。ソウル市長や首都圏の京畿道知事をはじめ、各自治体の首長が選出されるが、野党にとって党勢を挽回する一大チャンスとなる。ある野党関係者はJNNの取材にこう明かした。「与党が単独で立法手続きを進めれば、我々は地方選で有利になる」

与党の強行採決に向けた動きは選挙の追い風になる、という意味と受け取れる。

聯合ニュースも、野党について「文大統領と与党が立法を強行したという責任論を浮き彫りにした方が、地方選で支持層の結集に有利だと計算しているようだ」と報じた。大統領選から続く激しい政争は収まっていないという印象だ。他方で、市民の利益に直結する重大な課題が残されている。

■制度設計は未完成、検事出身“新大統領”の次の手は

短い期間で法改正の手続きが進められたこともあり、公聴会など国民の議論を深める機会はないに等しかった。検察の捜査権を削った後の刑事司法制度をどうするのか、今も議論が煮詰まっていない状態だ。検察が失った捜査権は一旦警察に移管されることになるが、警察の権限肥大化を防ぐ案が不十分だという指摘や、犯罪捜査能力の低下への懸念が出ている。与野党の一時合意案の中にあった「重大犯罪捜査庁」の創設に向けた委員会も野党が参加に難色を示しており、先行きは不透明だ。

5月10日 韓国第20代大統領に就任する尹錫悦氏は検事出身


また、金浯洙検事総長は辞表を提出する前、国会の司法刑事委員会に出席した際には「検察の捜査を前提とする法律が他にも多数あることから、関連する法律を全部改正しなければ、大きな混乱が発生する可能性がある」と議員たちに訴えている。刑事司法制度は国の根本を支えるものであるだけに、党派を超えて制度設計の議論を進めなければ、市民が不利益を被ることになる。

尹錫悦新大統領には外交・内政で様々な課題が待ち受ける。検事出身の彼が、この検察捜査をめぐる問題にどう取り組むのかも注目されるのは間違いない。