「制度の信頼を揺るがした」裁判官は語気を強めた。目線の先に立っているのは白髪交じりでジャケット姿の元NPO理事長。成年後見人として管理を任されていた財産から約1280万円を横領した男だ。高齢者や障害者などの判断能力が不十分な人を支援する「成年後見制度」。横領が“ばれた”のはやや稚拙とも言える手口がきっかけだった。裁判所にありもしないウソの報告をしたことで悪事が暴かれた―。


◆かごに無造作に入れられた1400万円の札束
検察の係官が踏み込んだ男の自宅には異様な光景が広がっていた。書斎に置かれた1つのかご。中には無造作に札束が入れられていた。封筒にまとめられたものもあれば、そのまま裸で置かれたものもある。総額は1400万円にも上った。よほど実入りがいい“仕事”をしていたのか、同居する妻に4か月に一度、生活費として100万円を手渡すほど羽振りが良かったようだ。男とは社会福祉士の森高清一被告(66)。「高齢者、障害者のご支援ができたらと思った」と法廷でも話したように福祉の仕事は“念願”だった。

2002年に社会福祉士の試験に合格し、09年には成年後見事業を行う「NPO法人権利擁護支援センターふくおかネット」(福岡県久留米市)の設立に関わった。仕事に没頭し5年後には理事長に就任。成年後見制度や高齢者虐待防止の勉強会で講師を務め、気づけば制度普及の旗振り役になっていた。


◆裁判所にウソの報告「財産は家族に渡した」
森高被告は「本人と家族の関係が希薄ということにつけこんでしまった」と法廷で述べている。実際に全国で約24万人が利用する制度には「闇」がある。一度利用すると原則、やめられない。弁護士や非営利団体が「後見人」に就くことが多く、家族が交代を望んでも認められない。また、本人の財産や後見人に支払われる報酬は家族にも明かされない。本人と一度も会わない「後見人」も珍しくなく、最高裁の調査によると2011~21年にかけて横領などの被害は約289億円に上る。

森高被告の場合は、裁判所に提出した文書で足がついた。成年後見人制度の下、後見人は定期的に財産の状況を家庭裁判所へ報告することになっている。対象の人物が死亡すると、それまでの財産をどのように清算したかも報告する。森高被告が理事を務めた「ふくおかネット」は複数の高齢者の“後見人”になっていた。狙われたのは、そうした高齢者の財産だった。

管理していたはずの財産を横領したのだから、死亡時につじつまを合わせなければならない。裁判所には嘘の報告をするほかない。森高被告は、財産を親族に引き継いだことにしようと企てた。そして、親族の名前と押印のある「財産受領書」をでっちあげたのだった。


◆「繰り返すうちに罪悪感が薄れてしまった」
しかし「本人と家族の関係」は森高被告が考えたほど希薄ではなかったようだ。財産が引き継がれたはずなのに、いつまでも具体的な動きがなければ、誰でも不審に思う。家庭裁判所は文書の偽造に気づき「ふくおかネット」を後見人から解任した。この段に至って「ふくおかネット」が記録を精査したところ、2500万円超が横領された疑いがあることが判明。森高被告を追及すると横領を認めた、というのが事の顛末だ。森高被告は理事長に就任して間もないころから横領を繰り返していた。結局、高齢者2人から計1280万円あまりを横領した業務上横領の罪と有印私文書偽造・同行使の罪で在宅起訴された。

初公判が開かれてからは一貫して罪を認め「悪いことをしているとは思ったが、繰り返すうちに罪悪感が薄れてしまった」、「横領するときに魔が差すというか、金銭欲に負けていた」と釈明した。一方で、使い道については異を唱えた。検察官は「生活費や自動車2台の購入費に充てた」と主張したが、森高被告は「そうではなく、虐待支援のセンターを設置しようと考えていて、(横領した金を)役立てようと思った」と反論した。ただ、詳しい説明を求められると「具体的な計画はありませんでした」とも語った。


◆最後は涙ながらに謝罪「いかに罪深いことか」
本人が横領などの起訴内容を認めたため、審理は量刑が主な焦点となり、検察側は懲役3年6か月を求刑した。執行猶予が付くかどうかは情状酌量の余地があるかどうかが分かれ目になる。森高被告は、犯行時も自責の念に駆られ続けていたと強調した。

森高被告「これで悪いことをしなくていいと、ほっとした妙な気持ちになった」

審理の終盤では、涙声になりながら言葉を振り絞った。

森高被告「本人や家族に本当に申し訳ない。ご本人が老後のために頑張って働いて貯めていたもので、いかに罪深いことか、今更ながら思っております」

福岡地裁の板東裁判官は24日、起訴内容を認定した上で「あるべき職業倫理に反し、成年後見制度に対する社会の信頼を揺るがした悪質巧妙な犯行」と指摘。「動機にも酌量すべき点はなく、実刑に処することも考え得る事案」と糾弾した。一方で被害の全額を返還し、罪を認め反省していることなどを理由に執行猶予5年の付いた懲役3年の判決を言い渡した。

ウソがきっかけで横領が露呈した森高被告。福祉の仕事に注ぐ情熱にウソはなかったのか「今後は財産を扱わないが、これまでのスキルも活かして高齢者の相談を受ける仕事をしていきたい」と話している。