氷点下なのに暖房なし 「貧困を脱した」村の男性が語ったこと

その村は、険しい山をいくつも超えた先にある。

私たちの前に座っている30代の男性は、じっと焚火の火を見つめていた。

この日の気温は氷点下。しかし家に暖房はない。しかも男性は、裸足だった。「この村では、どこの家にも暖房はありません。寒いときは薪をくべる。ただそれだけです。数年前、政府が電気と水道を通してくれましたがガスはありません」。

男性は祖母と父親と妹、妻と子ども2人の7人家族。収入が足りないため、夫婦は子供を残して、ほぼ1年中出稼ぎに出ている。

「脱貧困」を達成したとされる村の男性:
「若い人はみな、村の外に働きに出ます。農業をやろうにも土地はないし、商売をする資金もない」。

6年前、私たちは彼を訪ねていた。当時に比べ、生活は良くなったのか尋ねてみると。

「脱貧困」を達成したとされる村の男性:
「今でもほとんど変わりません。6年前と同じです」。

この村もまた、公式には「貧困を脱した」とされている。そう告げると、彼はおもむろに立ち上がり、私たちを家の外に連れて行った。

「政府の言っていることは嘘です」実際とは異なる収入

彼が私たちに見せたのは、家の外壁に貼られた1枚の紙。一家の家族構成、収入などが事細かに記されていた。

「ここに書かれている収入と、私たちの実際の収入は、全然違うんです」。そう切り出した男性。

記者:
「この数字は嘘ということですか?」

「脱貧困」を達成したとされる村の男性:
「私もよくわかりません。出稼ぎから戻ったらこう書かれていました」

困惑した表情で、なぜこのようなものが壁に貼られているのかわからないと繰り返した男性。紙には1人あたりの収入は1万元近くとあるが、実際は7、8000元程度だという。

また、父親は体に障害があり、働けないにも関わらず、農業での収入があると書かれていた。

政府が達成したという「脱貧困」は、実はこうした嘘の数字の上に成り立っているのではないか?そう問いかけると、男性は一言。

「脱貧困」を達成したとされる村の男性:
「そういうことでしょうね」

彼の夢は、2人の子供を大学に行かせることだ。

「脱貧困」を達成したとされる村の男性:
「私は、中学校を卒業してすぐ働きに出ました。しかし、学歴がないと仕事を見つけるのはとても難しい。貧困から抜け出すには、教育が大事なのです」。

「脱貧困」のもと積み上げられる“嘘の数字”

2023年の全人代=全国人民代表大会で習近平国家主席は「共同富裕を推進することでさらなる成果を出さなくてはならない」と演説した。

中国ではかつて、官僚たちが「嘘の数字」を中央に報告し、結果、多くの餓死者を出したという歴史がある。「大躍進政策」(1958-61年)である。

今回私たちが見たものは、「脱貧困」という名のもと、地方の官僚たちが偽った数字を積み上げている姿だ。 

自身への権力集中を完成させ、建国以来誰も成し遂げなかった3期目をスタートさせた習近平国家主席。しかし、その権力を恐れた官僚たちが、「嘘の数字」を積み重ねているのであれば、いずれその嘘は、習氏の体制を揺るがすことになるのかもしれない。

                          北京支局長 立山芽以子