トルコ・シリアを襲った大地震。
地震直後から、世界中の救助隊が被災地に入り、“いのち”を救おうと懸命に活動してきた。
“いのち”救う日本人医師 トルコで奮闘
トルコ南部にあるタニシマ村。人口5500人ほどの、この小さな村にテントが建っていた。
そこに1人の日本人医師がいた。
ピースウィンズ・ジャパンの稲葉基高医師。
トルコ人患者
「(トルコ語)鼻水が出ていて…」
稲葉医師
「ひどい肺炎とか、そういうのではない」

タニシマ村でもいくつかの建物が倒壊したが、村の医師は、より被害が大きかった都市部に向かい、通常の医療が滞っていた。
子どもたちがお絵描きをしながら、診察の順番を待つ。

稲葉医師
「日本の今までの災害でも経験してきたことですけども、必ずやっぱりテント生活とか避難所の生活、そういう中で体調がどんどん壊れていったり」
「流行感染症や、それから寄生虫とか」

稲葉さんは、東日本大震災が起きたとき、岡山の病院から災害派遣医療チームの一員として岩手県の花巻空港に入った。
しかし、現地での移動手段がなく、沿岸部に行くことすらできなかったという。


今回の地震では、被害の大きかった地域ではなく、周辺での活動を選んだ。
稲葉医師
「こういう僻地とか山間部、そういうところは支援が後回しになっていくと思うので」
「やっぱりそこで生活している人たちは医療も必要ですし、物資も必要」

現地の村長
「助けてくれる友人の皆さんに感謝します」
稲葉医師
「大きな地震を経験している日本人の支援者だからこそ、気持ちが寄り添えるっていう部分はすごくあると思います」
地震から1か月余り。稲葉さんは息の長い支援を続けていくつもりだ。


















