熊本の街から人が消えた?
作者の水島貫之が、記録することの大切さ、それを後世に伝えることが大事だと考えていたことが分かる記述があります。
熊本の動揺は尋常ではなく、奇説怪談百出して人々は危惧の念を持ち、ついにはこれらの風説が原因で家財を運び出し、家族総出で遠く災難を避けたために、熊本の繁栄していた街頭はたちまちのうちに往来がなくなってしまうほどであった。
心ある人は、根も葉もない巷説に惑わされることを憂えて、狼狽する人々を諭そうとしたが証拠となる書籍などが残されていないのを恨むしかなかった。
今や我が熊本でも文明がようやく開けてきて、四つの新聞が発行され、これらが日々の出来事を報道するようになったのであり、今回の震災については、各社が競い合いその実態を探り記事にすることに励んでいる。
後世の検証に使える記事、震災の前兆を示すもの、震災後に警鐘をもたらすべきものを集め、(中略)当時の惨状のったんを知る便宜となるだろう。
1889年と2026年の同じ日に、熊本を大きな地震が襲ったことは単なる偶然です。しかし、過去にあった災害を後に伝えることが、備災、防災、減災につながることを、改めて先人の日記から学ぶことができます。














