北海道屈指の港町「函館」。実は昔、国によって地名が変えられた歴史があるのをご存じでしょうか?かつて使われていた竹かんむりの「箱」から「函」へ。一文字の変更に秘められた、激動の歴史と決意の謎に迫ります。

歴史の町「函館」なぜ国が文字を変えたのか?

【依頼人(Kiri 20代 東京在住)】
「函館は昔、国に名前を変えられたと聞きました。詳しく調べてください」

北海道屈指の歴史を誇るマチ、函館。激動の幕末、世界へ扉を開いた北の港だ。

そんな港町の名前が、かつて国によって変えられたという。何があったのか?調査員は、函館へ飛んだ。

調査員
「函館の名前が昔、変わったと聞いたことは?」

函館市民
「函館の『函』の漢字が違うみたいな」
「なぜか?までは、わからない」

函館の「函(はこ)」には、もともとは別の文字が使われてきた。痕跡は、マチのシンボルにいまも…。

調査員
「ありました!函館の『函』の漢字が違います!」

江戸幕府が築いた、星形の城。「五稜郭」の中心に「箱館奉行所」が建つ。

いまとは違う、こちら…竹かんむりの「箱」が使われている。なぜ違うのか?

箱館奉行所坂本美奈子館長
「役所で仕事をしていたのが『箱館奉行』。その役職名が竹かんむりの箱だった」

この竹かんむりの「箱」が、幕末の正式な表記だった。

2010年に復元された奉行所にも、その文字が受け継がれている。では、そもそも、なぜ、この文字だったのか。