「絶叫と泣き声 本当の地獄図というのはあの光景でしょうな」

原爆投下のあと、母親の順分さんは、勤労奉仕に出ていた長女の点子さんを捜しに出かけました。比治山の陰の自宅にいて助かった張本さんと次女の貞子さんは、近くの畑に避難していました。
張本勲さん
「うめき声と人肉のくさいにおい、5歳ですけど、2つ3つは覚えています。夜はもう絶叫と、さけび声と泣き声と。本当の地獄図というのは、あの光景でしょうな」
点子さんは、2日ほどして自宅近くに運ばれてきたそうです。
張本勲さん
「見るも悲惨はケロイド、火傷のあとで、どうでしょう、2日もたなかったみたいですね。痛い、苦しい、熱い、こういう声しか声にならなかったみたいだね。(母は)おそらく2日間、一睡もしないで泣いていたのを、私もうっすら覚えてますよ」














