安樂投手の「右肘」はその年の秋、ついに悲鳴をあげた――。

2013年9月、私はあいテレビのニュース企画で安樂投手の一連の出来事を放送した。

あれから10年、高校球界では大会運営から球数制限、延長タイブレークに至るまで様々な改革が進められているが一連の改革の原点をさぐれば、やはり安樂投手の名は欠かせない。

高校時代から幾度も取材させていただき、ドラフト1位指名の瞬間を済美高校から全国に生中継させてもらった者として、今もNPBで活躍している安樂投手に心からのエールを送りながら当時を振り返ろうと思う。

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安樂が肘を痛めた。

2013年9月22日(日)
秋の四国高校野球愛媛県大会1回戦 済美vs西条

坊っちゃんスタジアムの第2試合。「異変」はすでに1回表から明らかだった。

「投球練習の7球目」
この時点で肘に違和感を感じたという安樂は、先頭打者をレフトフライに打ち取ったが、2番打者の途中から投球間に肘をブルッブルッと振り始める。

その後、ランナー2塁3塁から、続く左打者に球威のないインハイをライト線へ運ばれ2点を先制された。

そして3回。安樂の降板を加速させる出来事が起きた。

ノーアウト1塁3塁で、西条は2盗を仕掛ける。キャッチャーはすかさず2塁へ送球…

しかしこれを長身・安樂はグラブを差出しカットするや否やバックホーム。3塁ランナーの本盗を見事に阻止した。

しかし「不意の送球」に意識的にかばっていたはずの肘周りの筋肉は、体に染みついている「本能的な」動きに支配され「無防備の1球」を投じてしまった。

そして次のバッターへの初球、ボールは想定した軌道を大きく外れ、右打者の胸元をかすめた。

安樂はここで自ら降板を訴え、ついにマウンドを明け渡した。
ところが――