「悪の枢軸」ブッシュ父子に受け継がれた戦争
ブッシュ親子にとって軍備拡張を続けるイラクは、10年来の懸案だった。1991年の湾岸戦争で第41代米大統領ブッシュ氏(父)は多国籍軍を組んで、フセイン政権を追い詰めた。しかし侵攻したクウェートからは撤退したものの、イラクは国際社会の要請を受け入れなかった。
同時多発テロ翌年の2002年1月、第43代米大統領のブッシュ氏(息子)は一般教書演説に「悪の枢軸」という言葉を盛り込んだ。第二次世界大戦の日独伊をイメージした強い表現である。北朝鮮・イラン・イラクを名指しして「テロとの戦い」のターゲットに位置付けた。
依然として「大量破壊兵器を保有するイラクはテロリストの温床になる、どうしても叩かねば」、ブッシュ親子の悲願がそこに見え隠れする。親から子へ、政権のメンバーも湾岸戦争時代から引き継がれていた。
ブッシュ氏(息子)の右腕はチェイニー副大統領、左腕はパウエル国務長官である。湾岸戦争を戦ったブッシュ(父)政権では、チェイニー氏が国防長官を務め、パウエル氏は当時軍隊トップの統合参謀本部議長だった。
今回のイラク攻撃についてチェイニー氏は強硬派、実戦経験のあるパウエル氏は武力行使を避けたい考えだったとされる。
誤報呼んだ“スモーキングガン” 21世紀に戦争の波紋
政権内部での論議ののち、ブッシュ政権は開戦に大きく傾く。慎重派のパウエル氏も、ついには政権の考えに沿って国連でイラク攻撃の正当性を主張する。
「これが大量破壊兵器の“スモーキングガン”」
核兵器さえ懸念されるなかでキノコ雲の規模ではなくピストルの煙が言い争われたのは、今となれば証拠の違和感を象徴していたように思える。結局、のちに大量破壊兵器の情報は誤報だったことが判明する。
戦争の主力となった米英だが、のちにブッシュ氏・ブレア氏はともに誤りを認めている。しかし両氏ともに戦争の判断は正しかったと主張し続け、イラク大統領だったフセイン氏は2006年に処刑された。
テロとは直接関係のない曖昧な理由で一国を攻撃し主権者を葬った歴史を、多くの国が今世紀初頭に目撃することとなった。安保理で、攻撃に反対したロシアの指導者は現在も実権を握る大統領のプーチン氏である。
このいきさつが、ロシアのウクライナ侵攻に影響を与えたかは定かではない。しかしガザをめぐるイスラエルとハマスの戦い、領有権の主張を強める中国により不安定化する東アジア、同時多発テロで始まった今世紀に国際社会が揺れているのは確かだ。当のアメリカも「米国第一主義」のもと国際協調から大国単独主義に変貌しようとしている。
そして「悪の枢軸」に掲げたイラクに続き、イランの政権転覆も図った。国連の場で攻撃理由となる“スモーキングガン”さえ示されることはなかった。
今も9.11の延長線上にパウエル氏もチェイニー氏も近年相次いでこの世を去った。パウエル氏はあの安保理の演説を「人生の汚点」と自伝で語っている。
9.11テロで亡くなった3000人の命を、25年たった今どうとらえたらよいのだろう。世界の国々はお互いが最悪の事態を想定することで疑心暗鬼となり、国際秩序は崩壊寸前となっている。
21世紀の世界が、9.11テロリストが思い描いた“企て”の延長線上にあってはならない。
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