「首なし地蔵」に込められた思い

【さらに写真を見る】首なし地蔵、処刑場、供養塔など史跡めぐりにも関心が集まる

岡山県真庭市釘貫小川の三坂峠中腹にある「首なし地蔵」です。

「山中一揆」の犠牲者の霊を弔うために、つくられたと考えられています。
1727年1月、津山藩の鎮圧隊に備えて、農民800人あまりが集結したといいます。鎮圧隊は、奇襲攻撃で農民32人を捕らえ、翌日25人を処刑。

そのうち13人が三坂峠に、残り12人は旧勝山町山久世帰路峠でさらし首になったと伝わっています。