夫を福島に残し、幼い子らを連れて大阪へ避難

60km離れた郡山市でも、空間放射線量が、最高で事故前の100倍を超える数値を記録。被ばくを気にする生活が始まりました。
(森松明希子さん)「すぐ子ども用のマスクの束を幼稚園から配られた。外遊びはさせず、体育館でしか遊ばせませんと言われた時に、普通の人間の子どもらしい生活ができないと言われたことに等しいと思って」

被ばくを避けるために母親と子どもだけが親族のいる大阪に避難するというのが、15年前、森松さんが下した決断でした。勤務医の夫は、地域医療を支えるため、福島県で仕事を続けました。














