熊本地震で能登の被災者が感じること

8月1日、令和6年能登半島地震から2年7か月、奥能登豪雨から間もなく1年11か月、令和8年熊本地震から5日が経ったこの日、筆者(藤本)に能登の方からひとつのメッセージを頂きました。

許可をいただいた上で、全文ご紹介させていただきます。

能登の方からのメッセージ
令和8年熊本地震から5日が経ちました。能登で支援活動を続けている災害支援のプロたちは早々に熊本へと動いています。日頃からの団体間の連携を生かし、現地からの声を確認しながら迅速に、そして極力現地の方々の負担とならないように、ニーズを慎重に確認して行動しているそうです。

発災直後からの報道、SNSを通して知る現地の様子は、あの時と重なる場面がいくつも目に入ってきます。また、真夏の被災は、真冬の被災とは違う過酷さを私達に教えてくれています。

当時の能登は、たぶん今の熊本のように全国ニュースで流れていたんだろうな、と改めて思います。

発災後の約2週間、筆者の地区は主要道路のほとんどが寸断され、ライフラインが全滅し、さまざまな情報が全くと言っていいほど入ってこない時間を過ごしてきました。

そんな中、滞在していた避難所に突然現れた、明らかに地元の人ではない見知らぬ人達は『物資を持ってきた』とか、『まだ見つかっていない人がいますか?探すの手伝います』とか、こうした情報をニュースやSNSなどから得て、荒天と悪路と渋滞の中を駆け付けてくださったことが、今なら十分理解できます。

いろいろな形でご支援してくださる方々への感謝は、今も尽きることはありません。(続く)