上皇ご夫妻との交流 “慰霊の旅”続ける思い
上皇ご夫妻は、皇太子時代から長年にわたり戦没者の「慰霊の旅」を続けてこられた。2008年頃、高木さんが面会した際には、こんなやり取りがあった。
「『75歳を過ぎたら、もうお出ましにならなくて良いのでは』と申し上げたの。『今お倒れになられたら困りますから、おやめになった方がいいのでは』と伝えると(陛下は)『そうもいかない、遺言だから』と」
父である昭和天皇の「遺言だから」。そして、こう続けられたという。
「(陛下は)『御霊を鎮めるためにお参りに行きたい』『それがわたくしの使命だ』とおっしゃっていた」
「昭和天皇は外地へは行かれていないから、どうなっているか慰霊の旅をしてほしいと皇太子時代に言われたそうです」
全国で1700回を超えた講演 最後のメッセージ
全国各地で1700回を超える講演を行い、平和の尊さを訴えてきた高木さん。2019年6月、東京・千代田区の女子学院を訪れた。
「(東京大空襲から)1週間経っても死体が浮いていた」
87歳の誕生日を迎えたこの日、約900人の生徒を前に、語りかけた。
1時間近い講演を終えた後に「みんな真剣に聞いてくれてよかった」と話す手は震えていた。
「命を尽くして語る方々もどんどん少なくなっているということが、こんなにも恐ろしいとは知らなかった」
講演を聴いた生徒の感想文には、こう綴られていた。
晩年、難病と闘いながら満身創痍で講演活動を続けてきた。2019年8月、父と最期を共にした二宮町へ。車椅子に座ったままマイクを握った。
「戦争を起こそうとするのは人の心です。戦争を起こさせないようにするのも人の心です。戦争をしない心をしっかり持ってください 」
「きょうで全国行脚を終わりにします。憲法を守ってください」
講演のお礼にと、子どもたちが「ガラスのうさぎ」を題材とした歌を披露した。
「どこにいるやら焼け野原 幸せだったあの頃の ガラスのうさぎ抱いて立つ」
(合唱曲)

子どもたちの歌声を聞きながら、高木さんはあふれる涙を何度も拭っていた。
二宮駅前には、父の形見であるガラスのうさぎを持った少女の像が立っている。














