記者と重ねた文通「まだ“平和の時代”」
神奈川県出身の筆者にとって「ガラスのうさぎ」は身近な存在だった。夏になると「はだしのゲン」や「二十四の瞳」等とともに、図書館の課題図書コーナーに並んでいたからだ。小学生で初めて読んだときのことを今も覚えている。
自分と年がそう変わらない俊子が大切な肉親を亡くし、海に身を投じようとした場面で涙を流した。記者となり、戦後70年の節目で初めて取材させていただいた。ガラスのうさぎが見つかった、当時の自宅跡を一緒に訪ねたこともある。その後、暑中見舞いや年賀状、引っ越しの挨拶など、毎年欠かすことなく文通が続いた。筆まめな人だった。
「戦前のような、いやな空気になってきました」(2023年)
「防衛費増額反対!!武器輸出反対!!の声をあげましょう」(2024年)
2024年の年賀状が最後のメッセージとなった。
去年、今年と年賀状を送ったが返信はなかった。筆をとれる状況ではなかったのかもしれない。手紙からは、いつも平和を願う思いがにじんでいた。
「まだ『平和の時代』ご子息ご出産とは心より『おめでとう』を申し上げます」(2022年)
戦後81年。また1人、語り部がこの世を去った。
(TBSテレビ社会部 高橋史子)














