「悲しいことも、いっぱいあった」
岡山盲学校には、小学校3年生から通い始めました。以来、竹内さんは盲学校の児童・生徒として、さらには東京教育大学(のちの筑波大学)を卒業後、教員・教頭を経て、今は講師としてこの学校に通っています【画像⑥】。
(竹内昌彦さん)
「生徒として11年間、教員になってから40数年お世話になっている場所ですから」
「子供のときから大人になるまで、いろんな知識をつけ、力をつけて、大人に大人の体にしてくれたんですから」【画像⑦⑧】
「それはもうこの原尾島(はらおじま・岡山市中区の地名)は、私にとっては親の次に大事な場所ですよね」
「楽しいことがいっぱいあったんです。でも悲しいこともいっぱいあった」

















