大阪の元教員の女性が、長崎の被爆者団体・長崎原爆被災者協議会にハガキを寄贈しました。
ハガキの送り主は、長崎の被爆者・故・片岡ツヨさん。
ハガキからは、証言活動が盛んだった1980年代後半の被爆者の姿が見えてきます。

片岡ツヨさんのハガキの一文『語りが下手な者ではありますが、嬉しくお受け致します』

修学旅行の被爆体験講話の依頼に対し、快諾する旨をしたためたハガキ。

書いたのは、カトリックの被爆者としてシンボル的存在だった故・片岡ツヨさんです。

24歳の時、爆心地から1.4キロで被爆。
顔に大やけどを負い、ケロイドが残った他、親族13人が原爆の犠牲となりました。

片岡ツヨさん(69歳当時の証言)「鏡を取れなかったんです。もう何か気持ちが震え出してね。あーっと思って自分の気持ちを抑えてやっと、右手は取れませんから、手はくっついてしまっておりますからね、左の手で(鏡を)取って顔を映した瞬間、絶望のどん底に、この世の中が真っ暗くなってしまいました。
これからこの顔がね、自分の顔なのか。(亡くなった)姉たちと原爆の仲間に(なって)死んでおったらよかった、死んでおったらよかった」