440年の歴史に幕…新濃尾大橋の旧旧ルート「西中野渡船」

最初に向かったのは、1956年に開通した「濃尾大橋」の一世代前の道。「新濃尾大橋の旧旧ルート。いつでも人が通れるようになっている」と言い、新濃尾大橋から南下して歩行者しか通れない細い道に入っていきます。

川岸に到着すると、現れたのは木曽川を往来する船の乗り場「西中野渡船(にしなかのとせん)」。
(道マニア・鹿取茂雄さん)
「ここが木曽川で唯一残る最後の渡し船。橋はなく、渡し船が昔のルート」

国土地理院の地図にもルートが記されており、渡船でありながら県道指定されているため、正真正銘の道だと語る鹿取さん。
しかし、すぐ近くに新濃尾大橋が開通したことにより、近いうちに渡船の県道指定は外され、運航自体も終わってしまうそう。
(道マニア・鹿取茂雄さん)
「2026年3月末で廃止になる可能性が非常に高い。440年前からここに渡し船があり、当時は大名行列なんかもここを通っていた。大名が通る時だけ、対岸からこっちの岸までたくさん舟を並べて、舟橋を造っていた」

渡船は県道のため、誰でも無料で乗船可能。川岸に設置されている旗を掲げて対岸に合図を送ることで船を呼べ、800mのルートを約5分で渡ることができます。

西中野渡船の歴史は古く、始まったのは1586年(天正14年)。昔は“中野の渡し”と呼ばれており、440年にわたり住民に利用されてきました。
(道マニア・鹿取茂雄さん)
「岐阜県内に170以上の渡し船があった。今は、長良川で運航している“小紅(おべに)の渡し”と、“中野の渡し”の2か所しかない。ここが廃止されると、岐阜に残るのは1か所だけになる」
長年、地域の生活を支えてきた西中野渡船も、あと2か月で廃止予定。この船が役目を終えると、木曽川から渡船の姿は完全になくなります。














