太平洋戦争末期、北海道室蘭市を襲った米軍の艦砲射撃。砲撃は軍需工場を狙ったものでしたが、市街地に着弾し、多くの民間人が犠牲となりました。新たに入手した米軍の映像や音声記録から、市街地被害が拡大した背景や、旧日本軍が反撃できなかった理由など、忘れ去られつつある惨状の真相が浮かび上がりました。
室蘭艦砲射撃 なぜ市街地に

室蘭艦砲射撃の体験者 豊福泰子さん(94)
「『艦砲射撃だぞ、みんな逃げてるぞ』と言うので、怖かったですよ」

今年公開された、アメリカ軍のフィルム。81年前、室蘭を襲った艦砲射撃の映像だ。
郷土史家 鈴木梅治さん(74)
「全門、一斉射撃は、初めて知りました」
室蘭で毎年、道内の戦争遺構の写真展を開いている鈴木梅治さん(74)。およそ10分のフィルムを見てもらうと、着弾する室蘭のマチを捉えた映像は、なかった。

ただ、霧の向こうには、かすかに陸地が映り込んでいた。
郷土史家 鈴木梅治さん(74)
「これが陸地なら、おそらく鷲別岬ではないか」

アメリカ軍が狙ったのは、日本製鋼所や輪西製鉄所などの軍需工場だった。
これは、艦砲射撃の攻撃目標を区画した図。2枚を重ねると、攻撃目標の東側には、社宅が連なっていた。

砲弾は、周辺の社宅にも落ちた。当時、近所に住んでいた人は…
室蘭艦砲射撃の体験者 豊福泰子さん(94)
「友人は家族と防空壕に入っていた。その防空壕がやられた。末松糸子ちゃん(友人)は14歳で亡くなっちゃいました」

工場を狙った砲撃は、なぜ市街地を巻き込んだのか。














