寝ぼけた母親が突然半笑いで涙を浮かべながら『もうお兄ちゃんは死んだんだ』と言っているのを、伊東さんがなだめて正気に戻すということもありました。


伊東さん:
「孤独というか何というか、自分でもどう消化していいかわからない日々が続きました」

事件後、現地では陪審員による裁判が始まりました。法律も英語もわからない家族にとって、裁判の理解は非常に困難なものでした。

犯人の1人は、事件の後に収容先の係官を殺害する事件を起こし、1996年7月に死刑判決が出ました。