現地の病室で拓磨さんと対面したとき、父は「親不孝ものが!」と叫び、母は「たっくん、たっくん」と呼び続けました。

伊東さんはただ呆然としていたといいます。

拓磨さんはその後、粉状の骨となって日本に帰国しました。

帰国してからも一家の苦しみは続きます。