村上信五さん 初めての平和資料館で驚いたものは?
平和記念式典の後、公園の西側にある本川小学校の平和資料館を訪れました。村上さん、この資料館には初めての訪問です。
田村友里アナウンサー
「こちら本川小学校ですね。(爆心地から)一番近い小学校になるんですけど。建物が奇跡的に残って、その一部を資料館として活用してらっしゃいます」
村上信五さん
「なるほど、なるほど。いや、奇跡的にもほどがあるね」
田村友里アナウンサー
「そうなんですよ。広島で初めての鉄筋コンクリート3階建ての校舎だったみたいで」
村上信五さん
「へぇー!」

校舎が建てられたのは、1928年。被爆後の写真からは、原爆ドームの西側に本川小学校の校舎だけが残っていることがよくわかります。
田村友里アナウンサー
「周り何もない中、本川小学校の校舎だけ…」
村上信五さん
「すごい残り方やね」
田村友里アナウンサー
「中はもう熱線で全焼なんですけど、(外)側だけ残ってると」
資料館には、その後校庭などで見つかった、ぐにゃぐにゃに溶けたガラスなども展示されています。
村上信五さん
「いや、校庭からこれだけのものがでてくるっていうのが、ね、距離感を表してますね」
田村友里アナウンサー
「児童は400名、教職員も10名ほどが、一瞬にして亡くなったと」

















