江戸時代末期から明治期に活躍した江戸落語中興の祖とも呼ばれる初代・三遊亭圓朝の命日にあたる11日、東京・谷中の全生庵で「圓朝忌」が執り行われ、落語協会の林家正蔵会長はじめ、多くの噺家さんが参列しました。

三遊亭圓朝居士の墓

圓朝忌では今年亡くなられた落語協会の会員たちの遺影と共に弔われ、また圓朝作品を数多く高座にかけていて今年6月に亡くなった蜃気楼龍玉さん(享年53)の追善供養として、同期の柳家小せんさんが「あくび指南」を奉納。その後、皆さんが1年、高座で世話になった自身の扇子をお焚き上げする扇子供養をし、法要を終えました。

扇子供養


扇子供養


挨拶に立った林家正蔵さんは〝今、歌舞伎座では第一部で「牡丹燈籠」やっております。(坂東)巳之助さん、(尾上)右近さん、(市川)染五郎さんといった人気の若手歌舞伎役者が舞台を勤め、その舞台を若い人が楽しんでいらっしゃると聞いております〟と圓朝の傑作落語をもとに、歌舞伎としても練り上げられた『怪談 牡丹燈籠』の話題に触れました。

林家正蔵さん

続けて〝圓朝作品はいつの時代も人々の心に届き、楽しませ、また何かを感じさせる、そういったお話をお作りになったことだと思います。若い人が今を生きている世代の聴衆の皆さんに聞いて楽しんでいただく、これが何よりだと思います〟と、継承への思いを語りました。

また、龍玉さんについては2月の上野鈴本で「大仏餅」を聴いたそうで、〝圓朝師匠がお作りになった「大仏餅」をかけてらして。袖で久々に聞いていて良かった…。若い頃は雲助師匠と同じ口調で語ってらして、そこから抜けて自分の芸を掴んだと…。いい話だなと思っていた〟と振り返り、〝訃報を北海道で聞いて胸が締め付けられた。これからというのに、なんてもったいない、なんで…〟と急逝に肩を落としていました。

林家正蔵さん

続けて〝ですから今日来ている噺家の皆さん、くれぐれもお体大事に。お酒を飲むときは何か食べてください、じゃないと体を壊します。どうぞくれぐれもご自愛のほどで、高座をお勤めください〟と後輩たちの健康を心から気遣い、会長として協会員に呼びかけました。

林家正蔵さん

また、この日は落語芸術協会の春風亭柳橋副会長も駆け付けており〝なんか埼玉県の僻地から…えっ?茨城なの?もっと僻地だ〟と軽妙なジョークで場を和ませつつ、〝本当に来ていただいてありがとうございます。これからも落語協会、そして芸術協会の皆さんと一緒に手を携えて色んなことができればと思っております〟と感謝を述べました。

春風亭柳橋副会長

柳橋さんも〝すいません、只今ご紹介をいただきました茨城の僻地からやってまいりました春風亭柳橋でございます。本来なら会長の春風亭昇太がご挨拶を申し上げるべきですが、ちょっと急に家庭内で問題が起こったようで、私が代わりに来させていただいた〟とあいさつし、参列者を笑わせていました。

春風亭柳橋副会長

全生庵は幕末の三舟として知られる山岡鉄舟が明治維新の際に国事に殉じた人々の菩提を弔うため明治16年に建立。鉄舟の墓石の隣に立つ圓朝の墓には、この日朝早くから落語家や一般のファンがお参りに訪れていました。

【担当:芸能情報ステーション】