「穀潰し」「役立たず」戦時下に追い込まれる視覚障害者

国民学校では、市民自らの避難に繋げるのが主な目的でしたが、盲学校では違いました。「防空監視」ができる人材を育成する狙いもあったとみられます。

「目の見えない人は、耳がいいだろう」。視覚障害者に白羽の矢が立てられたのです。

喜入キャスター
「そういう見方に関して当事者としてはどのように感じますか」

視覚に障害がある 白畠庸さん
「それは一理あると思います。なんか貢献したいとは思っていましたね」

長年、盲学校の教壇に立ち、視覚障害者の歴史を調べている岸博実さん。

戦時中、視覚障害者は戦力にならないとみなされ、社会から厳しい差別を受けていたと話します。

視覚障害者の歴史に詳しい 岸博実さん
「実際に『穀潰し』とか、『役立たず』という言葉を浴びてしまうことは、たくさん報告している方がいらっしゃいます」

国全体が戦争へと向かう中、障害者も「何かできないか」と追い込まれていきます。

「決戦だ 心のまなこは鉄壁だ」
「見えぬ目で 見えない敵を打破れ」

当時の点字新聞に掲載された、視覚障害者自身が戦争への決意を示す標語です。

視覚障害者の歴史に詳しい 岸博実さん
「(視覚障害者が)この戦争に何とかして参加する道はないのか、そういう気持ちは相当強かったと思われます」