大横綱・千代の富士に通ずる“不屈”の精神

3度の優勝はいずれも決定戦での勝利。初優勝の時は豊昇龍(27)、2度目は熱海富士。そして今回は霧島とまた熱海富士を退けた。万全の勝負強さに、翌日の横綱審議委員会では大島理森委員長が不振に終わった2横綱を引き合いに出して、「安青錦関は立派だった。相撲道でかける不退転の覚悟、生き抜く覚悟を感じた。両横綱にその精神を期待したい」と述べたほどだ。心の方はもう横綱クラスというお墨付きまで出た。

元々は低く潜り込んでまわしを引き、粘り合いの中から内無双などで勝つ技能相撲が目立っていた。しかし、今場所は足の負傷で長引けば不利になる。だからこそ、自分から仕掛ける速攻を目指したように思う。目立ったのが、ともえ戦の熱海富士戦でも出した左からの投げの際に右手で相手の首根っこを押さえる仕草。これは小さな大横綱と言われた千代の富士の「ウルフスペシャル」と呼ばれた必殺の左上手投げと似ている。

そしてもう一番、成長を感じる取組があった。14日目の平幕尊富士(27)戦だ。ここでは、起こされて胸があった。これまでは絶対になってはいけないと思われていた態勢だ。だが、その時は左四つで右上手を引いて、回り込みながら寄り倒した。尊富士は四つが専門の力士ではなく、相手の右上手が深かったこともあるだろう。それでも、胸を合わせて上手を引いて勝つという王道の取り口での勝利。「けがの功名」だったかもしれないが、攻めの幅を広げたように思う。

そういえば、千代の富士も会場は以前の愛知県体育館だが、1989年の名古屋場所で奇跡の優勝を飾ったことがある。その時は場所前に生後4か月の三女愛ちゃんが突然死し、首に数珠を掛けて場所入りした。稽古も身が入らず、「そのまま引退するのでは」との憶測まで流れたが、見事に立ち直る。そして、現八角理事長である弟弟子の北勝海と史上初の同部屋横綱優勝決定戦に臨み、上手投げで勝って28度目の優勝を手にした。「愛のためにいい供養が出来た」と涙をこらえながら語る姿はファンの胸を打った。あの時も、成績は今場所の安青錦と同じ12勝3敗だった。

勝負が終われば、穏やかな笑顔に戻る安青錦。「自分はここで終わる人間ではないという思いが強かった。安青錦らしく、我慢強い相撲を取って、また一番上の番付を目指していく」。22歳。逆境の中でつかんだ栄冠を背に、青い目の侍が再び、上昇気流に乗った。

(竹園隆浩/スポーツライター)