「大丈夫」以外のコメントはなし
勝負の立ち合い。低く、鋭く踏み込むと今度は命綱の左前まわしを必死で掴んだ。それでも構わず出てくる相手の首根っこを押さえるようにして左からの投げを放って態勢を入れ替えた。両差し。懐に飛び込んで熱海富士にまわしを与えぬまま、寄り切った。
土俵に残り、まげが乱れたままで続く霧島戦に。今度も左前まわしを引き、深く持ち替えた。頭を付けたが、相手に右上手をがっちり引かれた。このままでは起こされると思った時だ。なんと、痛めている左足での外掛け。相手を崩すと、切り返し気味に前に出た。最後は渡し込むように手を伸ばしたが、その前に霧島の足が土俵を割っていた。寄り切り。満員のIGアリーナは大歓声に包まれた。
初の綱とりだった3月の春場所で左足親指を骨折し、7勝8敗。初土俵以来、初めて負け越した。カド番で臨むはずの夏場所は場所前の稽古で今度は左足首を痛め、全休に追い込まれた。この時、師匠の安治川親方(元関脇安美錦)からは「次の場所は10勝じゃあなく、優勝を目指していこう」と言われたという。
だが、初日から足が万全でないのは明らかだった。幹部はテーピングでぐるぐる巻きに固定され、土俵入りでも歩幅を広くせず慎重に歩く。勝負が終わると、土俵下で気にする仕草や花道で足を引きずる場面が何度もあった。それでも本人は「大丈夫」以外のコメントはしなかった。
さらに8日目には、平幕隆の勝(31)を押し出した時にバランスを崩して土俵下まで落ち、この時にまたも左足親指を痛めた。春場所でけがした箇所だ。氷で冷やしていたが、爪が浮いていたとの情報も。それでも、土俵に上がり続けた。個人的には9日目に横綱大の里(26)を破って勝ち越した時と、11日目に平幕豪ノ山(28)を寄り切って大関復帰を決めた時に、「ここで休場でもよいのでは」とさえ思った。
だが、安青錦本人はそんな気は全くなかったようだ。大歓声の中、土俵下で四方に頭を下げた表彰式でのインタビュー。「体は思ったより動いていたので良かった」と語った。報道陣の前に戻ってきた支度部屋では時間に追われて着替えながらのコメントになったが、「初優勝の時くらいうれしい。『君が代』は、おかみさんに教えてもらって練習した。決定戦は、自分の相撲を取り切るようにと思った。15日間? 長かった方じゃあないですか。心と体はどっちも大変だった」と話した。だが、ここでも、けがについての具体的な言及等はなかった。














