「息子の痕跡を探して回りました」夫婦の時間を奪った病
「家族の人生まで変えてしまう」――その言葉の通り、最愛の息子を奪われた深い悲しみとストレスは、長い年月をかけてご夫婦の心身を確実に蝕んでいました。敏さんは、自身と妻を襲った深刻な闘病生活について明かします。
(堤 敏さん)
「でも今はもう、私たちはこういう普通に生活してるようにも見えます。しかし、ここまで来るにはほんとにつらい、苦しい思いをしました。今でも夜に布団に入って目を閉じると、事件の現場を想像してしまって眠れなくなること、それよくあります」
「事件を夢に見てしまうこともあります。犯人に飛びかかって、殴りかかって、掴みかかって、蹴りを入れて目が覚めると、そういうことよくあります」
「手足をバタバタさせて目が覚めるんです。家内は家内で、夜中に
『将太がおれへん、将太がおれへん』
声を上げて泣くんです。
こういうことも事件直後だけではありません。ほんの数年前、家内が朝からちょっと機嫌よくって、
『どうしたん』って聞いたら、
(妻は)
『ゆうべな、将太がな、夢に出てきて、私な、思いっきりぎゅーってハグしてやったんよ、抱きしめてやったんよ』
『それからな、2人でな、スマートフォンで、スマホで写真撮ったんよ。こうしてな、右手を上に上げて、で、肩抱いて、ほっぺた引っつけて、写真撮ったんよ』
そう言って、ほんとに右手上げて、肩抱くような形で話すんですけども、話してるうちに、涙ポロポロポロポロ流してるんです」
「息子をもう1度抱きしめてやりたい、そういう気持ちが、そんな夢を見させたのかなと思います。自分の命より大事な子どもの命を奪われる、これは親にとって耐えられないことで、何年経とうが遠い昔の話で済むことではありません」
「被害者は何年経っても被害の中にいるんです。事件後、動けない、体が動かない、気力がない、そう言っても仕事はしなければならない。仕事に行けば気も紛れるかと、仕事も再開しましたけども、思うようにはいきませんでした」
心身を蝕まれながらも、息子のために自らを奮い立たせ、闘い続けてきた敏さん。
日常を取り戻そうと仕事への復帰するものの、そこで直面した壁、そして凄惨な事件を通して見えた「被害者支援のあり方」や、社会に向けて今、敏さんが最も伝えたい切実な願いを語ります。














