【関西大学・米沢友翔】怪我を乗り越え全国制覇の立役者に「復興目指す地元・珠洲に元気を」

今春の全日本大学野球選手権で54年ぶりの全国制覇を達成した関西大学。

その大躍進の原動力となったのが、最速149キロの直球を武器に絶対的エースとして輝きを見せた左腕・米沢友翔(4年)だ。

大会後は大学日本代表にも選出され、7月に台湾で行われた第1回世界大学野球選手権(WCBC)ではアメリカとの予選第2戦に登板。1回無失点と好投を見せた。

「全国から素晴らしい選手が集まっている中で、本当に野球のことを話すことが多くて、どのように考えているか、変化球をどのように投げているかというような、貴重な話を聞くことができました」と、台湾で過ごした時間を振り返った。

「自分の中で諦めずに練習に取り組んできてよかった」

今や大学野球界を代表する左腕へと昇りつめた米沢だが、ここまでの道のりは決して平坦なものではなかった。

大学2年夏には肩と肘を痛め、ボールを投げられない日々が続いた。一時は野球をやめることも考えたという。しかし、決して諦めることなく懸命にリハビリと練習に打ち込んできた。

「投げられない時は、試合の応援をしながら悔しさを感じていましたし、野球を続けるか続けないかと悩んだりもしたのですが、自分の中で諦めずに練習に取り組んできてよかったなと、この春に感じることができました」

中日・金丸夢斗投手から授かった「覚悟」の言葉

米沢の心の支えとなっているのが、関西大の2学年先輩で中日からドラフト1位指名を受けてプロの世界へと羽ばたいた金丸夢斗投手の存在だ。身近で背中を追い続けてきた大先輩から授かった「覚悟」という言葉をグローブに刻んでいる。

「覚悟を決めるというか、練習においても妥協せずに、覚悟を持ってやるというのを大事にしてきましたし、本当に金丸さんの姿を見て、そのような言葉もいただいたので、すごく大事にしている言葉です」と話す通り、練習でも一切妥協しない姿勢を貫いてきた。

「プロ野球選手になることが、一番地元を元気づけること」

米沢の背中を押すもう1つの大きな原動力が、故郷である石川県珠洲市への強い想いだ。2024年1月の能登半島地震で被災した地元の家族や人々に吉報を届けるため、マウンドに立ち続ける。

「復興を目指して頑張っている地域でもあるので、地元に少しでも元気を届けられたらなと思っています。春は全国優勝することができて、秋も連覇を目指して頑張っていくのですが、優勝、優勝と考えると、目の前の1戦に集中できないと思う。1戦1戦を大事にしながら、その中で自分のパフォーマンスをしっかり発揮して、10月のドラフト会議で名前を呼んでいただけるように頑張りたい。プロ野球選手になることが、一番地元を元気づけることかなと思っています」と力強く誓う。