約1万5000人が死亡…眉山崩壊

眉山は今から約230年前の1792年、普賢岳の噴火に伴う地震で大きく崩れました。大量の土砂が有明海に流れ込んで大津波が発生。

島原と対岸の熊本あわせて約1万5000人が死亡し、「島原大変肥後迷惑」と呼ばれて、その危険性が語り継がれており、その後も大きな地震が起きるたびに崩落を繰り返してきました。

今回の崩落について松島特任教授は、次のように解説します。

九州大学・松島健特任教授:
「眉山は元々、230年前の地震で大きく崩れた場所であり、その後も地震のたびに崩れていました。熊本地震(10年前)の際もある程度崩れましたが、当時は夜間だったため視認できませんでした。今回は天気が良く見通しが効いたため、映像等で捉えられて大きく報道されている側面もあります」