イラン攻撃の背景と「核合意」破棄の歴史

2月28日にイスラエルとアメリカが空爆など一斉攻撃に踏み切り、最高指導者のハメネイ氏や多くの政府高官を殺害して始まったイラン戦争。その後の経緯は皆さんご存じのとおりですが、はっきり言って大迷惑ですよね。

日本で言うと、ガソリンや電気・ガス代などが上がって、政府は3月からガソリン代、7月から電気・ガス代の補助・支援を始めましたが、その総額は何と1兆5000億円。これ、家計が厳しい大学生に支給される返済不要の「給付型奨学金」の、ほぼ10年分です。たった半年で。若い人ももっと怒った方がいいです、この戦争に。

なんでこんなことになっているのか? あらためて振り返りました。すると発端は15年前の、ある晩餐会までさかのぼりました。

…その話の前に、まずは直近の事情から。トランプ氏は開戦の理由の第一に「差し迫った脅威の排除」=イランが核兵器と長距離ミサイルの開発を進めていて、これが「近いうちにアメリカ本土を射程に入れる」と主張しました。

が、それは表向きで、背景には二つの活動があったとされます。一つは「昨年末以降、イラン当局が反政府デモを弾圧し、民衆の不満が広がっていた」こと。もう一つは、盟友とも言われるイスラエルのネタニヤフ首領らが「この機に乗じてイランに打撃を与えれば、政権は転覆して親米政権を樹立できる」などと伝えたこと。

いずれも背景には、モサドやCIAなどの諜報や工作活動があったとされます。折しもCIAの情報支援でベネズエラでの大統領拘束に成功し、自信を深めていたトランプ大統領は、イランもチャンスだと見た、というのがアメリカメディアの分析です。

一方、イランはなぜ核開発を加速したのか。この背景には1期目のトランプ政権が「イラン核合意」を破棄したことがあります。イラン核合意とは、当時のオバマ大統領が主導して、アメリカ、ロシアなど国連常任理事国プラスドイツの6か国とイランとの間で結ばれ、イランの核開発を制限し、国際原子力機関(IAEA)の査察を受け入れる代わりに、経済制裁を解除するという合意でした。2015年のことです。

しかし、オバマ氏の次の大統領となったトランプ氏はこれを「史上最悪の合意の一つ」だとして、離脱します。制裁解除がミサイルの拡充などイランの軍拡を進めた、との理由ですが、結果としてイランは濃縮ウランの生産を再開しました。つまり、トランプ大統領は自らが1期目に行った合意離脱でイランの核の脅威を高め、2期目で軍事的解決に突き進んだ――自らまいた種だ、という見方もされます。

ただ、トランプ氏は「オバマ核合意がイランの核武装を許した。核兵器使用を阻止するためには軍事攻撃が必要だった」と訴え、停戦後の交渉で目指す合意は「オバマ政権の合意より、はるかに良い内容になる」と主張しています。

トランプ氏が自分の成果を強調するために、比較対象としてオバマ政権をこき下ろす例は枚挙にいとまなく、例えば医療保険制度改革法(通称オバマケア)は「災害」だとまで言って撤廃を推進していますし、外交政策は「弱腰」、テロ組織の台頭は「オバマの責任」と評するなど、「無能で最悪の大統領」とまで攻撃しています。